Nicotto Town



龍ノ口城の事(前編)

永禄4年(1561)春、備前国

・・・

桜はもう散ってしまったが新緑の芽吹いた山々を照らす陽光は穏やかで
辺りには駘蕩とした風景が広がっていた。

備前北部の山々の間をくねる様に南に流れる旭川に沿った道を
龍ノ口(たつのくち)城主、穝所(さいしょ)元常は帰城のために
供の者達とゆったりと馬を進ませながら下って行った。


旭川の東岸にある、龍ノ口山の麓に辿り着いた時には既に西の空は茜色に
暮れて、龍ノ口山も城もその残照に染まっていた。

不意に川岸の茂みの方から哀しげな音色が聞こえて来た。

昨日、城に居た時にも同じ刻頃に城下の川の方角から同じ音色が聞こえて
来た。

(一体、何者が吹いているのであろう)

元常は興味を覚えて馬を降り、川岸の方に向かって歩いて行った。

茂みの影に刀脇差の少年が一人で佇んでいた。

まだ元服しておらず。年の頃は十五ばかりと見ゆる。

少年と目が合った時、元常は目を瞠り思わず息を飲んだ。

(これほどの見目良き美童はこれまで見た事が無い)

「御辺はこの辺りの者とは思われず。いかなる者ぞ」

胸が高まるのを抑えながら元常は尋ねた。

「私は・・・」

言い淀んで睫毛の長い目を伏せる、その仕草が元常には
艶かしく映った。

「ワシはこの龍ノ口の城の主、穝所元常じゃ。何やら仔細がある
様じゃが、ワシに申してみい」

諭す様な優しい声音で元常は言った。

「私は岡清三郎と申す者でございます。実は仕えていた主に身に覚えに
無き事で成敗される所を、手引きしてくれる者があり捕われる前に
ここまで逃れる事が出来ました次第で御座います」

「御辺の主とは?」

「沼(亀山)城の宇喜多様に御座います」

今、備前は東を領する天神山城の浦上宗景、西を領する金川城の
松田元堅が相争い、浦上方の宇喜多直家と松田方の穝所元常は
敵同士であった。

昨年、この龍ノ口に宇喜多の兵が寄せて来たが、元常は城から打って出て
これを迎え撃ち、辛くも退ける事が出来た。

「ここは左近(松田)様の、御領地とは申せ、この辺りにも追手がかかるやも
知れぬ故、私はすぐにでも何処かの遠国に参る積りで御座います」

清三郎は言った。

元常には、この目の前の美童とこの場でこのまま別れる事がいかにも
残念でならかった。

「御辺は年端も行かぬ故、遠国へ流れ歩いて行くは難儀な事も多いじゃろう。
我城内にては宇喜多の追手にかかる事も無いけえ。ワシに着いて参れ」

元常は言った。

この言葉に、元常の供として来ていた小姓、早川左門は驚いた。

「殿、あの様な胡乱なる者を城に入れるは無用心では御座いますまいか。
ここは御料簡なされては如何かと」

早川左門はそう言って諫めた。

「ワシが見し所、あの者にその様な野心があろうとは思えんのう。
そう案ずる事もあるまあが」

「然しながら・・・」

左門はなおも食い下がった。

「あの者を不憫とは思わんのんか。左門はものの哀れを知らんのか。
武の家に生まれし者が情けを知らん言うんは恥ぞ」

元常はそう言い張って諫言を退けた。

・・・

その夜、岡清三郎は城内に室を与えられ、そこに寝んだ。

城主、穝所元常は夜が更けるまで杯を傾けながら、清三郎の
美麗な姿が脳裏を離れる事が無かった。

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2016/07/01 01:17
BLでしょうか?
そうでありますように…



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