Nicotto Town



龍ノ口城の事(後編)

・・・

明くる日、元常は龍ノ口城の東方にある宇喜多直家の居城、沼城下に
間者を放ち、探らせた。

(城に仕えていた小姓、岡清三郎が城内で不義密通を働き、城主、直家は
激怒して清三郎を成敗しようとしたが、岡清三郎は逐電した)

城下ではそう言う噂が流れていた。

「あの清三郎の申す事に偽りはなかった」

それを聞くと元常は安堵した。

その夜、元常は清三郎だけを側に置き酒を飲んだ。

「かような巡り会わせになったるは、神仏のお導きなんかのう。
この上は、その方はこの城にてワシに仕えるが良かろう」

「私の様な者にその様に言うて下さるとは、有難き仕合せに御座います」

そう言って両手に捧げ持った徳利を差し出して元常の杯に注ぐ
清三郎の身のこなしには何とも言えぬ艶やかさがあり、その
姿に元常は酔いしれた。

その日から、元常は毎日の様に夜は清三郎と時を過ごす様になった。

「主の勘気を蒙ったりとは云え、元は敵方の家中にあった者
あまり心を許し過ぎるのは如何なものかと存じます」

城内の老臣や、清三郎が来て以来、次第に元常の側から遠ざけられる
様になった、小姓の早川左門、水野織之介等が様々に諌めたが
却って疎まれた。


元常は日毎に清三郎に心を移して行き、二月ばかりの時が流れて
やがて盛夏の頃になった。

その日、午過ぎから、元常と清三郎は暑気払いの為に城の北の
川の流れを見下ろせる場所にある(涼み所)に行き、そこで
時を過ごした。

そこから見渡せる旭川の流れる麓の景色は強い日差しに晒されている。

様々な事を語らい、杯を重ねる内に酔いの回った元常は清三郎の
膝を枕にして眠り込んだ。

その寝顔を見下ろしながら、岡清三郎は思案に耽る。

今、自分にその身を任せている、主、穝所元常は武勇があり、情けも
深く、詩歌もよくする、武者としては仕え甲斐のあるお方である。

よき武者ぶりで頼り甲斐のあるお人に想われている事を果報に思い
城に来てからの日々が仕合せなものであったと心から感じている。

(しかし、私は・・・)

清三郎は表情を曇らせた。

・・・

二月前

沼城で清三郎は城主、宇喜多直家に密かに呼び出された。

その場には、重臣の長船(おさふね)又三郎貞親もいた。

「我らは、先年より金川の松田と度々争って参ったが、金川城の南を塞ぐ
龍ノ口の城は要害の地にありて、城主穝所元常に武勇あればこれを
力攻めに落とすは、容易にあらず」

直家は言った。


「ほいで、その事について又三郎と話をしようったんじゃが、又三郎が
申すには、この穝所元常言うんは、ことのほか美童を好む言う話じゃが」

「元常がそう云う者であれば、かの者がその方を見たらきっと心を
動かすじゃろうのう」

直家はそう言って清三郎に意味ありげな笑いを向けた。

「そこでじゃ。ワシはその方を罪人に仕立てるが故、その方はこの城下を
抜け出て、龍ノ口城下に行き、そこで元常に近づくべく工夫するんじゃ」

「ほいで、もし元常がその方を気に入り所望する事あれば、その方は
元常に仕え龍ノ口城に奉公せよ」

「そして時を待ち、良い機会を得られれば」

直家はそこで言葉を切り、清三郎は息を飲んだ。

「元常を仕物(暗殺)にかけよ」

「元常を討ち取りし時は恩賞浅からず」

長船貞親が言った。

・・・

清三郎は(涼み所)の周囲を見渡した。周りに人の気配は無かった。

元常は相変わらず安らいだ表情を浮かべて寝息を立てている。

清三郎はしばし迷った後、側にあった脇差をそっと引き寄せ鞘を抜いた。

鼓動が高鳴り、額に汗が滲んだ。

(何と因果な巡り会わせでありましょうや)

しばし目を瞑り、周囲に満ちた蝉時雨を聞く。

(元常様、御免!)

次の瞬間、清三郎は目を見開き脇差を元常の胸元に突き立てた。

・・・

元常の首を衣に包み、城から旭川の川岸に降りて行く険しいつづら折れの山道を
清三郎は泣きながら走った。

途中、上のほうから人の騒ぐ気配が聞こえて来た。

川岸まで辿り付くとそこには元常が日頃、川遊びに使っていた小舟が1艘、繋がれている。

「清三郎、おのれはようも」

振り返ると刀を抜いた早川左門が追い縋って来ていた。

清三郎も刀を抜き、二太刀、三太刀と切り結んだ後、上段から切下げて
これを切り伏せた。

その後、舟に飛び乗り棹を取って流れの沖へ逃れ、追って来た城兵達が
舟を求めて右往、左往する内に、川下に舟を進ませた。

しばらくして振り返ると夏の日の下、龍ノ口城が遠ざかって行くのが見えた。

・・・

その後、沼城主、宇喜多直家は龍ノ口城を攻め之を落城させた。

岡清三郎はその後、元服し岡剛介を名乗り、明善寺や上月城の合戦などで
功を挙げたが、天正9年(1581)、宇喜多が毛利輝元の大軍に攻められた時
備中、忍山城で討死したと云う。(諸説あり)

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2016/07/17 23:55
歴史小説はこういう書き方が主流だけれど
ラノベになるとものすごいことになるのでしょうね
葛藤があって面白かったですよ
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2016/07/07 07:42
同性愛? まったく興味ないけれど、(´・ω・)カワイソス。
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2016/07/06 17:10
やはりはにーとらっぷ;ω;
もし相手が織田の信さまとかものすごくカリスマ性のある人だったら、
結果が変わっていたかもしれないなぁと思いました。
(きよさぶちゃん、信さまに惚れこんでしまって、殺したくないと苦悩して自刃しちゃうとか)
元常さんはいい人だとは感じてたのだけど、
おのが命や故郷の親族を捨てるほどまでには、惚れ込めなかったのですね;ω;
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2016/07/05 20:11
男の色香とはちょっと違う誘惑なのでしょうね 汗
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2016/07/05 14:07
衆道哀路
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2016/07/04 01:40
埋伏でしたか
興味深く読めました


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2016/07/01 01:22
やはり…ハニトラであったか(T_T)



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