Nicotto Town



僕の鳥計画(1/3)

 それは・・・新たな自由の獲得・・・
 
 ・・・その挑戦は・・・続くだろう。

 ・・・進化し続ける為に。

 私は思う。

 レース無くして 生きる意味など 有り得ない。

                  ― エンツォ・フェラーリ

・・・・

学習机の脇に置いてある目覚まし時計は夜の8時40分を差している。

僕は1月中旬の凍て付く夜空の下に広がる盆地の田舎町の風景を北の丘陵の上に
ある家の自分の部屋から眺めた。

家のの前の左手に竹薮がある為に東の方の町の中心部はここからは見えない。

今、僕が見下ろしているのはこの家から200m程坂を下った所を横切っている
縦貫自動車道とそこからさらに下った麓に広がっている闇に包まれた町の西の外れの
閑散とした風景だ。

今は真っ暗で見えないが見渡せる景色の真ん中辺りを右から左に向かって大きな川が
流れている。

川のこちら側も向こう岸も町の中心部から続いている左手から右の方に行くにしたがって
街灯や家屋から漏れる灯りがまばらになっていく。

特に川の向こう岸の右手は水田が多く広がっているので今は殆ど何も見えない。

川の左手の方に架かっている国道の橋が連なった灯火に浮かび上がって見えるが
少し離れた場所に併設されている単線の鉄道橋の辺りは今は真っ暗で何も
見えなかった。

生まれてから中学卒業も間近になって来た今までずっとこの家から眺め続けて
来た風景だ。

僕の家の丁度、真下辺りに縦貫自動車道のPA(パーキングエリア)があり、そこから
左手の少し離れた所に跨道橋が架かっている。

その跨道橋を渡ってそのまま下って行くと下りきる手前に僕が通っている中学校が
あるのだが、自動車道の向こう側は急勾配になっているのでここからは見えない。

・・・

僕は今日・・・つい3時間程前に県立S高校入学を志望する事をはっきりと決めた。

僕の今の学力でははっきり言ってS高に合格する事はかなり厳しい、と言うより
明確に合格圏外にいる。それでも絶対に不可能と言う程の成績でも無い。

県立高校入試科目5教科の内、4教科までは一応S高の合格圏内と思われる
レベルの成績を何とか取っている。

数学の成績だけが致命的なまでに悪い。

数学の勉強は他の科目の数倍、いや10倍以上と思える程の苦痛を
僕に与えた。そんなものが好きになれる訳が無い。

僕は今日まで市内にある私立H高校に進学するつもりでいた。

H高校なら、わざわざ苦労する事無く入学出来るだろうと言うのが唯一の
志望動機だった。

それを中学3年3学期の1月中旬の今日と言う土壇場と言うより殆ど手遅れとも
思える時期になって本気でに翻意する気になった理由、それは同じクラスの
相川めぐみの事、結局の所はそれがきっかけだった。

僕と相川めぐみは3年になった時にはじめて同じクラスになってから1年間多くの
時間を主に同じ教室で過ごして来たのだけれども、あいさつやほんの短い間
何気なく言葉を交わす事は別にした、親しく口は聞いた事はほとんど無い。

彼女は成績優秀で同じ学年の女子の中ではかなりの人気があった。

一体、同じ学年の何人位の男子生徒がどの位彼女に気があったのか
その数字は少なくない様に思えるけどちょっと僕には見当がつかない。

僕は成績も普通で授業以外の部活もしていないクラスで特に目立った所の
無い平凡な生徒だったけど僕も彼女と同じクラスになってからのこの約1年間
ずっと密かな憧れを抱き続けていた。

憧れを抱き続けたまま、1学期が終わり夏休みが終わり2学期が終わり
冬休みが終わって3学期がやって来て受験が迫って卒業が近付いて来た。

今日も学校が終わって居間でテレビをつけたまま、ぼんやりと考え事を
している内に相川めぐみの事が頭に浮かんだ。

僕が相川めぐみに対して密かな想いを抱いている事はクラスで1番親しい
谷口にだけ言った事がある。

何かでそう言う話になった時、谷口が気のある他の組の女子の名前を出して
その時、僕は仕方なく相川めぐみの名前を出した。中学時代にはよくある話だ。

谷口は成績が僕よりかなり良くて高専高校に進学を決めている。まず間違いなく
受かるだろう。

相川めぐみはS高を受験してそして間違いなく合格するだろう。

相川めぐみには今、少なくとも好意を持っている相手がいる。

同じクラスの堂本広穀は成績はクラスのトップクラスで秋まではバスケ部のエース
(他のスポーツも何でもこなせる)のクラスの中心的存在だった。

成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、性格明快、おまけに驚くほど絵が上手かった。

当然の事ながら女子の人気は絶大だった。

元々クラスの中心にいて2人はいつも近い存在だったけど、卒業が近いからなのか
最近はより親密さが増して距離が近付いている様に見える。

言うまでも無く堂本の志望はS高だ。

そう言ったいろんな事を背景に漠然と考えを巡らしている内にある瞬間に突然
頭の中のどこかにあるスイッチが押された。

どうしようもない位に僕は腹が立って来た。

自分自身に対して。

今の自分の何もかもが気に入らなかった。

僕は取り合えず気分を静める為にジャージに着替えて夕闇の迫った家の外に出た。

軽いジョギングと軽い筋トレ、これだけは元々僕がなるべく日課としてやる様に
している事だった。

家のある東西に長い丘陵の頂上部を東に向かって走り1キロ程先にある森の周囲を
廻ってから戻ってくる3キロ足らず程のコースを今日はいつもより速いペースで走った。

例え今からだと手遅れだったとしても、本気でS高を目指して見ようと走りながら
心に決めた。とにかく今の自分に具体的な目標が欲しかった。

(とにかく今の自分より少しでも高い所に飛びたい、羽根だ、羽根がいる。これから
(鳥計画)を実行する!)

そんな事を心の中で叫びながら僕は薄暗くなった森の周囲を駆け抜けた。

家に戻って軽い筋トレをした後、夕食と風呂を済ませ僕は2階の自分の
部屋に入った。

一息ついた後、まずは気分を盛り上げる為に、ジグソーの(スカイハイ)を
レコードで聴いた。

(千の顔を持つ男)(仮面貴族)の異名を持つ、ミル・マスカラスの
リング入場曲だ。

♪  You’ve blown it all sky high ♪
 
 (君は全てを粉々にして空高く舞い上げた)

女に去られた男が、何故だ?どうしてなんだ?とずっと問い続けているこの歌が
どうしてこんなに雄々しいメロディーで歌われているのかちょっとよくわからない
けれども、それを考えさえしなければこの曲を聴いていると何だか気分が
高揚する。

そんな事をしている内に机の上の目覚まし時計は8時30分を過ぎていた。

僕は窓から外の風景を眺めた。

・・・

僕は机の上に殆ど使っていなかった数学の問題集を開いて公式を確認しながら
2次関数の基本問題の計算から解き始めた。

必要な学習量を想像すると気が遠くなる様な気がしたけど、とにかくじっくりと
着実に根気良くやって行くしか他無かった。

50分やって気合を入れ直す為に腕立てを50回やってその後休憩して
15分後にまた50分後にまた基本的な計算問題から我慢して解いて行った。

途中で少し頭が痛くなりかけたけど取り合えず初日はそれを3セット
何とかやり切った。

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2017/01/31 23:55
行動の原動力は淡い恋心。
これは応援したいシチュエーションです^^



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