Nicotto Town



僕の鳥計画(3/3)

・・・

昼休みにトイレに行って教室に戻ってきたら、クラスのほとんどの人間が
5時間目の理科の授業の為に実験室の方に移動していて教室の中は
がらんとしていた。

僕も机の中から理科の教科書とノートを出して準備をしていたら、めずらしく
まだ1人で教室に残っていた水原かおりが隣の席から話かけてきた。

「あんなあ、ウチ、松山クンに聞きたい事があるんじゃけど、聞いてもええかな?」

水原かおりが言った。

「聞きたい事言うて、何なら?」

僕は少し驚いて答えた。隣の席だったけど僕はこれまで水原とそれ程親しく
口を聞いた事は無かった。

「松山クンは高校はどけぇ行こう思うとるん?」

「・・・一応、S高受けようと思うとるけど」

少し迷ったけど僕はそう答えた。

「受かりそうなん?」

「いや・・・今のままじゃったらかなり厳しい」

僕は正直に答えた。

「ほいじゃったら、もっと真面目に頑張らにゃあいけんじゃろう。・・・まあウチもS高行こう
かなとか思うとるんじゃけど、今の成績じゃったらちょっと難しいんよ」

「じゃけど水原はワシなんかより、はるかに成績が良かろうが?」

でも水原は以前、友達に私立女子のM高校も受ける様な話をしてた気がする。

「ウチはそんな良うないわ。・・・あんなぁ、朝、模擬試験の結果戻って来たじゃろう?
もしよかったら、それ見せ合わん?」

少し周囲を見渡してすぐ近くには誰もいないのを見てから水原が言った。

「うん?・・・まあ、別にええけど」

いきなり言われて少しためらったけど、僕は朝に返された12月の県北地区模擬試験の
結果を水原かおりと見せ合う事になった。

僕は彼女の試験結果を見て驚いた。他の教科はともかくとして数学100点?

「お前、数学ぼっけぇのう」

「松山クンのこれ何なん?社会100点じゃが!国語も96点じゃし。松山クンは
ホンマは成績ええって聞いた事あるけどこがぁにすごいとは思わんかった」

「ほいじゃけど、数学がひどかろうが」

僕の数学は46点で平均を下回っていた。

「じゃけど、松山クンいつも社会の時間、全然授業聞いとりゃあせんのになして
こがぁな点数が取れるん?・・・今日も社会の時間、先生の話を聞かずにずっと
ノートに熱心に何か書きょったじゃろう?あれは一体何を書いとったん?」

「ああ・・・あれか。あれは戦後の民主主義政治について勉強しょったんじゃ」

僕は言葉を濁した。

「ほんでも、S高行くんじゃったらもっと数学を頑張らにゃあいけんなあ。
・・・ウチも人の事は言えんけど」

確かに水原かおりの数学以外の成績はそれ程凄いと言う訳では無かったけど
それでも総合点は僕よりかなり良く、少なくてもS高の合格圏内には何とか
入っている。

「ほいじゃけえ、今から数学の勉強を徹底的にやろう思うとるんじゃ。
・・・それにしても一体何をどねぇしたら数学で満点なんか取れるんじゃ。」

「じゃって社会とか国語とかは教科書に難しい事がようけ書いてあってそれを
ぼっけぇ覚えにゃあいけんけど、数学はそんな事せんでも計算して問題を
解いたらそれで答えが出て来るんじゃけえ」

水原の言っている事は僕にはよく理解出来なかった。

社会や国語なんかは教科書を読んでいれば内容はその内、勝手に頭に入って来る
けれど、数学は公式を覚えれば良い計算問題はともかく、文章問題は自分で
計算式を導き出したり証明する事が出来ない限り答えに辿り着く事が出来ない。

なぜ、あんな難解な事がいともあっさりと出来るのか?

そんな事を言っているウチに昼休みの終わりが近付いて来た。

・・・

その日の辺りがだいぶ暗くなってきた夕方5時頃、家の電話が鳴った。

僕はその時、ジョギングから戻って来たばかりで、庭にあった椅子に足をかけて
拳立て伏せをやっている所だった。

僕は廊下に行って受話器を取った。

「はい、松山ですけど」

「もしもし、松山クン?水原じゃけど」

電話の向こうで水原かおりが言った。

僕は正直驚いた。彼女がウチに電話して来た事なんて今まで一度も無い。

「うん」

「ひょっとして、今勉強しよった?」

「いや・・・もうちょっとしたら始めよう思うとった」

「数学の勉強?」

「まあ、そうじゃの」

「ウチはさっきまで社会の勉強しよったんじゃわ」

「ほうか。頑張りょんじゃの」

「ほいじゃけど、ウチにはやっぱり難しゆうて大変じゃわ」

「ほうか」

そう言われても僕にはどう言えばいいのかわからなかった。

「ほんで思うたんじゃけど松山クンに教えて貰うたらもっとようわかるんじゃろうなあて
考えたんじゃわ」

「ワシが?」

「じゃって松山クン、社会とか国語はぼっけえ得意じゃが」

「そりゃ、ワシがわかるとこ教える位なら別に構わんけど・・・」

「ホンマに?ほいじゃったら明日は土曜じゃけぇ学校は昼までじゃろう。ほんで午後
吉川さんとウチの家で勉強しょう思うとるんじゃけどもし良かったら松山クンも
一緒にやらん?」

「・・・ワシはやってもええけど」

想定してなかった提案だったけど僕はそう答えた。同じクラスのメガネ女子吉川はるかは
5組の飯田(たぶん成績は学年トップの奴)と付き合っているとか聞いた事がある。


「じゃあ、明日一緒に勉強しょうや。やっぱしたまに誰かと一緒にやった方が
頑張る気が起きそうじゃし、ようわからん所もわかり易うなる思うけんな。
・・・それにウチも数学位じゃったら松山クンに教えられる思うし」

多くの数字と記号を埋め込んだ謎をふっかけて来る、あの苦痛に満ちた
荒行の科目を数学位と軽く言い切る水原は凄い。

「要するにタッグを組むと言う事か・・・」

「タッグ?」

「いや何でもない。・・・まあ、共通の利益の為には手を組んだ方がお互いに得策と
言う事じゃのう」

「うん」

「君も中々、政治と言う物がわかって来たじゃないか」

僕はそう言ってみた。

「え?それ何?」

水原が言った。

「いや、何でも無い。それじゃあ、取り合えずそう言う事で」

「うん。・・・ほんじゃあ数学の勉強頑張ってな」

「お互いにな」

「うん」

「それじゃあ」

・・・・

電話を切った後、2階の自分の部屋に戻って電気を点け窓の景色を眺めた。

外はもうすっかり暗くなっていた。

水原かおりの家ははっきりとした場所は知らないけどここからは見えない
町の中心部に近い東寄りの方にある。

今まで受験なんて僕にとっては孤独との戦いとしか考えた事は無かった。

クラスで1番一緒に過ごす事の多い谷口は僕よりかなり5科目を合わせた成績が
良く、しかも理数系に強かったけど一緒に勉強するなど今まで考えた事も無かった。

考えてみれば水原かおりの言う通り、誰かと協力し合った方が弱点の克服は
容易になるし、共通の目的を共有した方が意欲はより持続するだろう。

それに県北部の数学成績トップの指導が直々に受けられるのは、その微々たる
交換条件と比べてこの上ない幸運と言うしかない。

何にしてもその後の3年間を決める決戦の時まで後50日を切っている。

今日はこれから数学を50分やった後、夕食と入浴を挟んで、その後、再び数学を50分の後
15分間で腕立て伏せ50回と休憩のサイクルを3セット。最低限これだけやる。

さすがに入試まで数学の勉強だけを続けると言う訳には行かないけれど、とにかく
今は数学の克服が最重要課題だ。

今はとにかく出来るだけの事をとにかくやり続けるしかない。

その後の3年間を自分の力で決める。これ以上明確な目的理由は無い。

やるだけの事をやったら、その後の事は全てその後の事だ。

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2017/02/06 21:11
わー、青春だ~♡
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2017/02/06 18:36
ほのぼのしたムードに漂う緊張感がいいですね
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2017/02/03 19:09
方言交じりの彼女との会話にドキドキ。
頑張れ男の子!と思える青春小説でした。
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2017/02/02 11:40
中学生で政治に興味をもつというのは少しませているのか、時代や地域のためなのだろうかとか考えつつ、これぞ青春という感じで面白く詠ませて頂きました


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2017/02/02 01:40
読後、なんとなく、かおりさんと生涯にわたってタックを組みそうな感じがしました
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2017/02/01 00:09
やっぱり文系少年だたーノωノ*
その後僕はどうなるのか…
かおりちゃんといい感じになったりする可能性もあるんでしょうか。
それとも初志貫徹か…
僕がたどるかもしれない、いろいろな未来を考えてしまいました・ω・
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2017/01/30 23:09
受験のお話ですか
タイムリーですね^^

誰かと一緒に勉強して捗ったことないですけどw



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