Nicotto Town



トンネル(隧道)2

                    (2)

列車停止後、運転室を八城指導機関室に任せ、列車を降りた宮雲機関士は
まず軌道短絡器と呼ばれる数年前に常備される様になった携行用の
信号変換装置で対向の上がり線の列車を停止させる処置を取った。

それから六田機関助士と共に11両目の食堂車の方へ走って行く。

近付いて行くと食堂車前部から煙が漏れ出ているのが見え、異様な臭気が鼻を突いた。

食堂車の扉から専務車掌と他の車掌が消火器で消火に努めていたが、木造部の
多い旧型客車は燃え広がるのが早く、炎が大きくなり始めた。

消火が困難になった為に、速やかに乗客を食堂車から離れた車両に移動させ、直ちに
食堂車と他の車両を切り離す事にした。

次第に噴き出して来る煙が勢いを増してトンネル内に立ち込めて来る中、まず食堂車と
12号車を切り離し、列車を100メートル程移動させた。

それから、食堂車と10両目を切り離す作業にかかった。

切り離しを終え、ひとまず少し列車を移動させた時、不測の事態が起こった。

トンネル上部に設置されていた漏水を側溝に誘導する為の樋が火災の熱で
溶け出して落下、これが架線に接触してショートを起こし送電がストップした。

これが、「冬鳥」にとって大きな不幸になった。

            ・・・

緊急にとらなければならない処置が多かった為に、トンネル内の非常電話から
付近の駅に火災発生を知らせるまでに10分以上の時間がかかった。

午前1時30分頃、「冬鳥」からの通報を受けた弓ヶ浦駅は混乱した。

北国トンネル内での火災発生を想定した対処が決められていなかった為に
対応が中々決まらない。

弓ヶ浦消防組合への通報を決定するまでに20分の時間がかかった。

トンネルの反対側の田之庄から消防への通報があったのはさらに15分以上後
火災発生から1時間近く立ってからだった。

数分後、北国トンネル入り口に消防車両が続々と到着した時、深夜の
トンネル入り口は全く何事も無いかの様に静まり返っていた。

当直勤務だった為、出動して来た富原は苦い顔をした。

弓ヶ浦駅からもたらされた通報は甚だ要領を得ないものだった。

列車がこの13・8キロにも及ぶトンネルのどの位置に停止しているのか
乗客、乗員の状況などはっきりした事は何もわからないと言う。

ではこちらで確認すると言えば、この非常事態に関係者以外のトンネル立ち入り
には許可がいる等と言い出す始末だ。

日本鉄道の姿勢にはどことなく、出来得る限り内部だけで事態を処理したいと言う
姿勢が窺えた。

しかしこの現場には日本鉄道の人間はまだ到着していない。

トンネル入り口は真っ暗でここから見る限りでは奥の方は深い闇の中だ。

このトンネルの構造について説明を受けた時、不思議に思った事がある。

この北国トンネルのトンネル灯は一斉点灯出来ない仕組みになっている。

トンネル内に設置されている680基の照明を点灯させるには数十メートル毎に
設置された500ものスイッチを入れる必要があった。

しかも運転に支障があるとかで、普段は消灯されていると言う。

「おい!何人か中から歩いて来てるぞ」

トンネルの入り口からライトを照らして中の様子を窺っていた隊員が大声を挙げた。

駆け寄ってみるとライトに照らされた先に何人もの人がこちらに向かって歩いて
来るのが見えた。

やがて煤で真っ黒になった人々が続々とトンネルから出て来るのを見て富原は
このトンネルの奥深くで深刻な事態が起こっているのを知った。

トンネルから出て来た人達から話を聞いてみると、現場は猛烈な煙に包まれており
そこから辛うじて抜け出して真っ暗闇の中を長い時間をかけて何とかここまで
歩いて来た。まだ大勢の人間が中に残っていると言う事だった。

富原は日本鉄道に早急な職員の派遣と列車の位置を確認する様、繰り返えさせ
何とか火災を起こした「冬鳥」が弓ヶ浦入り口から5キロ付近に停車している事を
突き止めた。

聞けば火災の影響で送電がストップして「冬鳥」は立ち往生していると言う。

火災現場がこの入り口から5キロも離れた場所では消火活動は困難で、何よりも
乗客の救出活動を速やかに行う必要があったが、現場に向かうには日本鉄道の
車両を使う他無かった。

弓ヶ浦駅にディーゼル機関車か作業用モーターカーに牽引させた救出活動の為の
列車を出動させる様、要請したがこれも思いの他すんなりとは行かなかった。

一刻を争う状況にも関わらず、列車を運行させるには北国鉄道局の許可が必要で
その許可が下りるまでは列車を出せないと言う。

その頃になって日本鉄道から派遣された保線掛の職員がトンネル入り口に
到着した。

・・・

その頃、12両目を切り離し離れた場所に停車したままの「冬鳥」の11両は食堂車から
噴き続ける猛烈な煙に包まれて凄惨な状況になり始めていた。

1号車から7号車までの乗客は先頭に近い車両まで移動してそこから何とか車外に
降り立つ事が出来たが、8号車から10号車までの車両に乗っていた乗客は
7号車と8号車との間に貫通扉が無かった為に8号車からの移動が出来なかった。

車外は完全に煙に包まれており、3両分の乗客が8号車にスシ詰になったまま身動きが
取れなくなった。

・・・

北国トンネル弓ヶ浦口に消防車両が到着した頃、「冬鳥」から田之庄方向へ
2キロ程離れたトンネル中央に近い地点の上り線で赤信号の為に停止している
列車があった。

急行電車「雪山3号」の乗無員は1時40分に信号停止してからの20分程の間に
聞こえて来る無線の内容により、どうやら601列車、寝台急行「冬鳥」が
トンネル内で車両火災を起こしているらしい事を知り緊張の面持ちでいた。

午前2時を過ぎた頃、突如信号が青に切り替わった。

これは後の調査で暗闇の中を避難中の乗客が軌道短絡器に触れた為だと
言われている。

この「雪山3号」の停車している地点と「冬鳥」の停止地点の間には
セクションがあった為に「雪山3号」の停車している地点では送電が
ストップしていなかった。

「雪山3号」の運転士は状況が良く飲め込めないまま徐行で進行を開始したが
300メートル程進んだ所でヘッドライトの先に多数の人影がこちらに向かって
歩いて来るのが見えた為にその場に停止した。

煤で真っ黒になり、憔悴し切った人々がよろめく様な足取りで続々とこの列車に
近付いて来る、運転士はその人々を車内に収容する為にドアを開放した。

多くが就寝中だった乗客も只ならぬ気配に気付いた。

乗務員と乗客が一体となって次々にやって来る避難者を車内に助け上げる
作業が続けられたが、やがてこの周辺にも煙が立ち込め始めた。

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2017/03/06 00:18
トンネル内で火災なんて
2次 どころか3次災害だって起こり得る
先の事故で処分を受けた運転手には謝罪しないといけないね

車でだってトンネルでは緊張するもの
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2017/03/04 10:11
昨今はだいぶマニュアルが整備されていますが東日本大震災以前は試行錯誤でしたよね
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2017/03/02 16:44
実際に事故がおこったあとでないと、ガイドラインってなかなかできにくくて…
やはり現場にいた人の裁量や運が、大きく作用するのだなと思いました。
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2017/03/01 18:00
ノンフィクションというかドキュメンタリーというか、
避難した人たちが助かってよかったと思いました
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2017/03/01 10:31
国鉄時代にあった大事故を教訓に、災害現場での救急処置の方法論ができたとか、NHKの番組で視たことがあります
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2017/03/01 02:57
創作の物語というよりは実際の事故の実況ですね



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