Nicotto Town


凛として咲く花の如く


葵12

ハッチも開けていないのに、雑音がひっきりなしに聞こえてくる。
「奴らの縄張りに入ったぞ。弾を使いきってやるつもりで、撃ちまくれ」
「了解。いやあ、毎回こうだとすかっとしていいんですが」
予算不足を皮肉りながらも、AHヘリは武装を展開し始める。さっきまでとは比較にならないほどの発射音が上空に響いた。
(──しかし、稼げても一分がいいところだな。進めるのはせいぜい三、四キロ)
すでにここへ来るまでに、弾を使っている。蜂たちがひるむほど撃てるのは、わずかな間だけだろう。
「疾風」
「ああ、わかってるよ。お前たちを鳥籠まで送り届けりゃいいんだろう。たとえどんな手を使ってもな」
射撃が終わった。中途半端に仲間を食い荒らされた蜂たちの目が、真っ赤に染まっている。
「二分だ。二分、このままの速度で進ませてくれ」
「分? 金の単位か?」
「言い方を変える。百と二十数える間だけ、俺たちを守ってくれ」
「最初からそう言やいいんだよ……みんな、話は聞いたな」
応、とあちこちから声があがる。
「こののろまを、無事に送ってやろうじゃねえか。──行くぞ!」
天狗たちが四方に散った。攻撃機は、輸送機を守るように円形に飛ぶ。
その外で、ぱっぱっと炎があがった。
「さっきと同じ天狗火かな?」
「目眩ましだ。この数をまともに相手するわけにはいかない」
河合とともに所定の位置につきながら、葵がつぶやく。
まずは炎でできるだけ敵の数を減らし、それから生き残っている個体をたたく。それが最も効率的な方法だった。
「椚(くぬぎ)、行ったぞ!」
「おう!」
片方の羽をもがれた蜂が、若い天狗に向かってつっこむ。しかしそれは予想できる動きだったため、彼はなんなくかわした。
そしてすれ違いざまに、相手の腹を刀で刺す。さらに向かってくる蜂に向かって、死体を投げつけた。
「どうだ!」
「やるな。いつもその調子だと、こっちも助かるのによ」
友達らしい天狗がまぜ返す。椚は苦い声で言った。
「うるせえ、てめえはまだ何もしてねえだろ」
「なんだと」
「ああっ、喧嘩してる」
天狗たちの会話を聞いて、河合が気をもむ。その時確かに、彼らの頭上から蜂が急降下してきた。
「うるせえな」
不意に、からかわれていた天狗が刀をとる。斜めに動いた切っ先は、襲ってきた蜂の腹をかっさばいていた。
「やった」
「……まだ相手は死んでない」
「涼、持ち場を離れないで」
河合は喜んでいたが、狙撃主たちは表情が暗くなった。斬られた蜂が体液をまき散らしながら、ヘリに向かって飛んできたからである。
「ちっ、死に損ないが」
天狗たちの動きは素早かった。すぐに蜂の背後にぴたりと張り付き、刀を振るう。
「大人しくくたばっとけ」
蜂の背中が斬られ、今度こそ上半身が完全に崩壊する。ヘリは最後の虎の子を使わずにすんだ。
「目標まであと七.七五キロ……西方より敵集団、再び接近!」
今度はさっきより数が少なく、数百程度の集団だという。
「また片付けてやるさ」
天狗たちはまだ能天気だ。葵が苦言を呈そうと口を開く。だがそれより先に、疾風が動いた。
「……あれは違うぞ。一発目から本気でかかれ」
仲間に指示を出し、自分も炎の術を繰り出す。その大きさは、さっきまでとは比べ物にならなかった。
「どうした、急に賢くなって」
葵のからかいに対しても、疾風は声を荒げない。
「……俺自身は変わってねえ。知ってるだけだ」
「頭、来ました!」
「よし、放て!」
さっきよりも黒さを増した敵集団に向かって、天狗火が襲いかかる。周囲はまるで白夜のように明るくなり、ヘリは熱気にあぶられた。
「知ってる、とはどういうことだ」
まだ明るい空を、疾風は渋い顔でにらみつけている。葵は彼に聞いてみた。
「天逆毎が言ってやがった。はじめの蜂は、あくまで原種。欠点もあると」
「そういうこともあるな」
「自分はこれをかけ合わせて、改良種を作るつもりだ──奴はそう言ってやがった」
その時、突然光の中から何かが飛び出した。
(速い!)
モニター上でも、初速の違いがはっきりわかる。しかも、天狗火をあびても羽がやられていない。
「……これが」
「改良ってことだね」
双子がつぶやく。葵は無言で、速度計とにらめっこをした。
「くそっ!」
疾風たちは目の前の蜂に斬りかかる。しかしさっきと違って、蜂の外殻は刀さえ跳ね返した。
天狗たちの間に、じわじわと焦りが広がっていく。そんな中、疾風は目を皿のようにしてじっと蜂を見ていた。
『いい子だよ。経験がないだけで』
鬼一の言葉が、葵の頭の中に甦る。
「……全く、あんたは正しかったよ」
「え?」
葵のつぶやきを聞いた河合が反応する。
「悪かった、なんでもない。自分の仕事に集中してくれ」
葵はそう言って、再びモニターに目をやる。
それと同時に、疾風が宙を駆けた。さっきと同様、群れの中でも大きめの蜂がいる。疾風はその個体に狙いを定めていた。
ふと蜂の頭が、わずかに揺れる。隙ができると同時に、疾風が懐に入る。
「はあっ!」
気合いとともに、突きが放たれる。刃先が甲殻のわずかな隙間に吸いこまれていった。
突きが深々と刺さってから、疾風は強引に刀を横に引く。ようやく、一体仕留めた。
「殻の隙間が弱いぞ、そこを狙え!」
「お……おう!」
疾風のおかげで、天狗たちの士気が少し持ち直す。しかし、事態はそれだけではどうにもならないところまできていた。
「進行方向が、完全に敵で塞がれました!」
パイロットの声に、絶望が混じる。確かにレーダーで全方位、くまなく黒い点に囲まれているのが見えた。
まだ前が見えないほどの敵数ではない。しかしヘリの場合、弱点がはっきりし過ぎている。
「プロペラとエンジンをやられたら、全員仲良く地上へ落ちるな」
「うげ」
「絶対やだ」
弟から反対の声があがる。やむなく葵はヘリの直進をやめ、巡回飛行に切り替える。少しでも敵に動きが読まれるのを防ぐためだ。
(しかしこの手も、無限に続けられるわけじゃない)
最大の敵は燃料の枯渇である。こればかりは知恵ではどうにもできなかった。
(一番敵の数が少ないのは)
葵は画面に食いついた。似たり寄ったりだが、若干西の方が黒点の分布が薄い。
「西から抜けるぞ」
「了解」
「聞こえたか。敵の囲みが薄いところを破っていくぞ」
「……ああ」
疾風がやっと絞り出した、という体で返事をする。
「まずいな」
天狗火もきかず、四方八方から攻められて相当弱っている。もう鳥籠は目と鼻の先なのに、わずかな距離がとんでもなく遠い。
「ここから撃てないか」
「できなくはないよ。でも確実性には欠ける。当てると言えるのは、半径五キロ圏内だ。僕らはともかく、河合さんはそんなにデバイス使えないでしょ」
「そうだな……」
「うるせえな。こんなガラクタがねえと飛べもしねえ奴らが何をほざいてんだ」
「疾風」
彼の口調が変わったことに、葵は気づいた。そして自分は、彼を止める案を持っていないということもわかっている。
「邪魔すんなよ」
「分かった。頼む」
葵はうなずく。そして、操縦手に言った。
「天狗たちが動き出したら、西へ進め。この一回で、決めるぞ」
「了解」
ヘリのプロペラが回転数を上げた。それと同時に、天狗たちが西の敵に




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