Nicotto Town


紅茶にケーキ


理由 原案:こと

 初夏のキャンパス。蝉の声が聞こえてきそうな昼下がり。午後の授業には時間がある。
 私はランチ後にゆっくり出来る場所を探しているうちに、校舎の奥の方に踏み込んでいた。外の暑さと雑踏が嘘のように、ヒンヤリした空気と自分の足音だけが響いている。

 両側に広がる教室。扉が開いていたり閉まっていたり、この瞬間まで沢山の学生がいたのかも知れない。

 人の声 ?

 何か聞こえた。気が付くと好奇心に駆られ、教室を覗き込んでいた。
 この場所に人がいる筈がない。こういう場所に来るのは私ぐらい。と、別の教室を覗き込んだ。
「あ・・・」
 女性の声だった。現実に引き戻されて気が付いた、男性だったらどうするつもりだったんだろう・・・、安心するより前に彼女と目が合っていた。
「ここの学生さん?」
 真っ直ぐ私を見る女性は黒髪の一重だけどぱっちりした目、黒のスーツ。でも、初夏なのに就活生特有の荒れ野感がない。
「あ、はい・・・一応」
 身構えている私を見てクスっと微笑んでいる。
「院生ですか?」
 女性は自分の服を見ると、
「単なる 会社員よ。・・・あ、卒業生って言った方が良いかな」
 まだ、入り口にいる私の所に来ると、
「池田屋商事で営業しています。梶原沙月と言います」
 両手で名刺を差し出してくる。
「あ、その・・・学生の深山梨花と言います」
 名刺を受取りながら、ぺこりとお辞儀をした。

 梶原さんに促されるまま隣に座った。
「深山さんは、何学部?」
「あ、文学部です」
「そっかー・・・。私ももっと本を読んでおけばよかったわ」
「そうですか? 目的があって文学部に入った訳ではないので」
 たまたま得意科目が国語だったから入っただけで、読書好きでもなかった。
「私も同じよ。合格したのが社会学部だったからよ。それで商社だからね。役に立っているのか?いないのか?・・・」
 ふいに私を真っ直ぐ見ると、
「深山さんは、三年生?」
「どうして、分かるんですか?」
「一二年と違って現実が見えてきてるし、四年生みたいに諦めていないところかな?」
 四年生の荒れ野感が諦めだとしたら、分かるような気がする。
「社会人になるって事は諦める事なんですか?」
 不意を突かれたように私を見ている。
「抵抗軍だね。自分の可能性に抵抗・・・」
 悪戯っぽく私を覗き込んでくる。
「社会人って、朝食食べて通勤電車でスーツが皺くちゃになって、会社につけばセクハラパワハラに、イジメ。ドラマもビックリの現実に、家に着いた頃には心がボロボロになって・・・・。と思ってたりするの?」
 違うと言えない自分がいた。二言目には『家族の為に働いているんだ。文句あるのか!』と怒鳴る父。腫物を扱う様にびくびくしている母。大人って、大人になるって事は、そう言う事だと思っていた。
「確かにね。そんな日もあったりするよ。悔しくて泣いた時もあったよ。でもね、会社で働くと言う事はそれだけじゃないんだよ。お客さんが必要な筈の商品を見つけて売り込みに行く、商社だからね。それで、プレゼンの途中で『なるほど』ってお客さんが気付くのが分かるんだ。大きなお金が動く時もある。それより、チームでの達成感。私なんかアシスタントみたいなものでまだまだだけど、先輩見ていると私も、もっと頑張りたいと思う・・・」
 言葉が途切れた・・・
「でも、それ以上に私はやりたい事があるの」
 会社に勤めているのに、やっていい事ってなんだろう・・・
「働いているのに、・・・やりたい事?ですか・・・」
 梶原はバックから青い紙を取り出すと私に渡した。
『GET A CHANSE』
「ゲット ア チャンす ですか・・・」
「ライブのチケット。私、ライブハウスで歌っているの。今度初めてのコンサートやるけど、間違っていてもいいから前に進もうと言う事で、『S』にしたのよ。手伝ってくれる仲間もいるし・・・、聞いて欲しいな、私の歌」
 どこか不安そう、なのに前に進もうとしている。
「私が行ってもいいんですか?」
「お願い。私は抵抗軍から侵攻軍になったの。援軍が来ると心強いわ」
 梶原は時計を見ると、
「会社に戻らなきゃ。また、先輩に怒られちゃう」
 バックを掴むと、静かな校舎に彼女の足音が響いた。

 父と違う大人なんて、毎日の通学で沢山見ていると思っていたのに、初めて違う大人に会った気がした。虚ろな目をしていない大人。
 卒業したら人生が終わると漠然と感じていたけど、梶原さんは違うと言った。一つだけ分かった事は、このチケットは私にとって『CHANCE』なんだと。

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2018/04/30 13:53
実は、題名も変えたかったんですよ。

「GET A CHANCE」

ただ、題名変えちゃうと、「理由」からもっと離れちゃう気がして、それだと目的を見失ってしまうのでね。
アバター
2018/04/29 14:36
ほへぇ……すごーい。
なるほどー、全く別の作品になりましたねぇ。
ぜぇったい私が、逆立ちしても書けないものを作ってくださってありがとうございます。

これを糧に、もっと勉強しようっとw


アバター
2018/04/29 06:48
あとがき

 この作品はことさんの『理由』を原案として書きました。二つの作品を対比する事で技術的課題など見えてくると思い、『修正』程度に抑える事も考えましたが、二歩ほど踏み込んでの『修正』としました。

 まず、ことさんがこの作品で伝えたい事を私の視点で抽出しました。
「家族のために働いている」と言う父親によって、社会人になる事は夢を諦める事と漠然と思っている。
 そんなある日、構内で出会う卒業生梶原沙月(かじわらさつき)の語る夢が、将来を照らす一筋の光となる。
私の知らない道を歩いているんだ。
もっと色々知りたいと思った(知りたいと思った『理由』)

 次に、主題に向かって話が進む様に、ベクトルの向きの違うエピソードは削除しました。ストーリーに合う様にキャラクターを調整しました。

ストーリーの骨格を作りました。
出会い
主人公深山梨花が、抱いている閉塞感
梶原沙月が、教室にいる理由(非明示)
父とは違う大人の存在
梶原は、深山の中にかつての自分を見る
働くってなに?
梶原、自分の夢を語る
父とは違う生き方を知る
梶原、頑張ろうと思う
予感

 こんな感じで、仕上げています。



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