Nicotto Town



続き・・・。


『貴方だったのね』

長い間凍りついていた心を溶かしてくれた優しい桜の古木にキスをする。

気がつくと涙が頬を伝わっていた。
けれどその涙は先ほどの心の奥を吐き出すような冷たい涙ではなく、春の暖かさを伴った涙であった。

『ありがとう・・・』

頭上を再び仰ぐと、薄ピンクの霞が風に揺れていた。

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今ではもうあの桜は見ることが出来ない。
廃工場も綺麗に整地されて住宅地に生まれ変わってしまった。

新しい住宅地には新しい桜が植えられていたが、あの古木の大きさになるまでにはまだ数十年を要するだろう。

私はといえば、あの古木のように涙の捨て場所に桜の木がなることがないように、日々小さな命の成長を見守る職についている。

そう、幼い頃の自分のように独りぼっちでなく子供が居ないように。

見上げると青く澄んだ空に薄ピンクの霞が一際映えていた。
再び私の頬を涙が流れ落ちる。

いつの日か私は私の恩人に再び会うことが出来るだろう。
そう、この小さな若木が成長した暁には・・・。

                     END




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