Nicotto Town



自作小説倶楽部4月投稿

『世界はウソで回っている』前編
最初の日の夜
神隠しに遭った兄貴が20年ぶりに帰って来た。
「まだお前がいるとは思わなかった。空き家で野宿よりずっとましか」
「一度外で就職したけど、戻って来たんだ」
僕の言葉を聞く素振りも無く兄貴は台所にあった焼酎をぐひぐひ飲み干し、梅酒にまで手を出すと着替えもせず僕の布団で寝てしまった。
よく眠っているので遠慮なく兄貴の顔を観察してみる。髪は金色に染めているが目元や顎の肉はたるみ顔色は悪かった。四十路相応というよりさらに老けている。確かに兄貴なのだが面影は注意して探さねばならなかった。
〈ススムは神隠しに遭ったんだ〉
昔、婆様が僕にそう言った時、神様と楽しく遊び暮らす様を想像したが、そうでもないらしい。
電気を消し、僕は台所の床で毛布にくるまった。これからここで暮らすなら兄貴が畑仕事を手伝ってくれるか考えながら眠りに落ちた。
次の日の晩
「金貸してくれないか」
兄貴の最初の一言だった。朝僕が出掛ける時にはまだ寝ていて、帰って来ると台所で鶏肉を焼いて食べ、梅酒を飲んでいた。
「どうして?この村じゃお金はかからないよ。農協の小川さん覚えている?仕事を紹介してくれるって言ってたよ」
兄貴の帰還は村だけでなく近隣の噂の的になっていた。
「近くに来たから寄ったまでだ。こんな田舎に住む気はないね。どうせ口さがない連中が面白おかしく脚色するんだ」
「どこへ行くつもりだよ?」
「とりあえずフィリピンだ。パスポートも用意した。偽造だがよく出来てる」
〈偽造〉、驚いた。そんなものを使うなんて。僕も何度か海外へ行ったことはあるが合法的な手続きしか知らない。
「今は持ち合わせがないよ」
「じゃあ明日お金を下ろしてくれ。それくらいの暇はあるだろう」
「今は金が無いよ。一週間後に野菜の代金が入るからちょっと待って」
「仕方ないな」
兄貴が納得したのを見て複雑な気分だった。貯金ならある。兄貴を引き留めようと咄嗟に嘘をついたのだ。
3日目の昼
兄貴が嫌がる村の好奇の視線はなくならないどころか爆弾が訪ねて来た。
「あたしミユキ。よろしくね」
可愛らしく微笑んだピンクの霞をまとうような女の子に、つい身分証を求めたら保険証で彼女は23歳だと確認出来た。化粧は濃いが童顔で女性というより女の子という呼称が合う。
「兄貴とどういう関係でしょう?」
僕の質問に道案内で付いて来たおばちゃん3人が目を輝かせる。
「ニンチしてもらうの」
一瞬思考がフリーズしたが母子手帳を突き出され腰を抜かしかけた。ふんわりしたワンピースは彼女の体形を巧みに隠していた。
たちまち我が家におせっかいおばちゃんが数人乗り込んで来て兄貴は押入に籠城した。
妊婦が騒ぎの場に居てはいけないとミユキは早々に台所に追い出された。
「コレ食べていい?」と言ってミユキがトマトにかぶりついて食べ始めたのでキュウリも切って温かいお茶を入れてやる。
「兄貴とはいつ、どこで知り合ったの?」
「2ヶ月くらい前よ。あたしが働いてた〈パラダイス〉ってお店にススムちゃんが雇われたの。貧乏な女の子にから3万円借りて、お腹の子の父親になってくれるって約束したのに逃げちゃうんだから、ひどいのよ。あなたのお兄さん」
絶句。
お茶を啜りながらミユキは全身で僕の反応をうかがっている。見た目は軽いが兄貴の居場所を突き止めたこと、おばちゃん連中味方に付けたことといい馬鹿ではない。そして必死だ。
僕は対立を諦めてミユキを家に泊めることにした。押入れになっている部屋を空ければいい。
おばちゃんたちは兄貴を〈人でなし〉に決定して夕飯前に帰って行った。

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2015/04/30 23:40
何だか凄い展開です^^



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