Nicotto Town



モグラ・・・その14

「警察に連絡をしますか」サンちゃんがモグラに言った
振り向いたモグラを制するように武志が携帯を手に取った

「私のせいだ、ゴメン陽太郎」
その時車の止まる音が玄関口の方から聞こえた

ピンポーン
チャイムが鳴る

「はい、どちら様でしょうか」
ヴィーナスが疲れ切った声で答えた

扉の開く音がした
「陽太郎君」

ヴィーナスの叫び声に全員が目を見合わせた
そしてその瞬間玄関へと駆け出して行った

そこにはスーパーの小さな袋を持った陽太郎が
口を真一文字に結んで立っていた

後ろには街の交番のおまわりさんが
ホッとした顔で立っていた

たまたまパトカーで巡回中に
夜道を上って行く子供を見かけ保護してくれたのだ

「聞いたらモグラさんとこのお客さんだって言うじゃないですか」
「ここまで歩いたら着くと真夜中、それに灯りもなく危険だよ」

おまわりさんが帰った後
森の家を沈黙が包んだ

「陽太郎、お腹空いてないか」とサンちゃん
「今日の夕食はオバサン特製の薬膳カレーだよ」

オバサンの一言でヴーナスの蹴りが
条件反射の如くサンちゃんのお尻に炸裂した

よろけるサンちゃんをみて
全員が笑い転げた

「ごめんなさい、パパ」
陽太郎が小さな声で言った

そして強く抱きしめる武志に
スーパーの袋を渡した

開けて見ると中にはハサミが入っていた
それは工作用の普通のハサミだった

「パパ、このハサミで僕の髪を切って」
陽太郎は強く武志を見つめた

そして森の家の人たちに向かって行った
「僕のパパは日本一の床屋さんなんだ」

「陽太郎」
「わかったよ」

フロントの前はにわか床屋さんとなった
一気に森の家が活気づいた

サンちゃんが下にビニールシートを敷き
ヴィーナスはシーツを肩に掛けて結んだ

夏子さんは霧吹きに水を入れて来ると
モグラが走って櫛を持ってきた

ありがとうございます
そう言うと武志は陽太郎の髪を切り始めた

軽快なハサミさばきの音が聞こえる
サンちゃんにはハサミが踊っている様に見えた

それは車が一台買える値段のシザーではない
数百円の工作用のハサミだ

「パパ、すごい」陽太郎が笑って言った
「そうか、陽太郎」武志が力強く答えた

自信にあふれた武志の顔がそこはにあった
ヴィーナスと夏子さんは目にハンカチを当てている

モグラは腕を組み
じっとその手さばきを見ている

サンちゃんは微笑む陽太郎と真剣な眼差しの武志を
それと涙目のヴィーナスと夏子さんを交互にチラチラ見ている

数十分が経った
散髪が完成した

出来栄えは素人目にもわかる
完璧な仕事だった

パチパチパチ・・・
自然と拍手している自分達にサンちゃんは気が付いた

「ありがとう陽太郎
森の家のみなさん」

「陽太郎、ママの所へ帰ろう
そして一緒に街の人たちの為にまた仕事を始めよう」

「お風呂も沸いているわ
頭を洗ってくるといいわ」とヴィーナス

「そう言えばまだ誰も夕食を食べたいなかったわね」
「今日は全員で食事をしましょうよ」

「いいですよねモグラさん」と夏子さんが提案した
そのタイミングでサンちゃんのお腹が鳴った

瞬間
森の家が笑いに包まれた

「あらっ」ビーナスが玄関の方を見てつぶやいた
あの湖の絵から白い箱が消えていた

深く澄んだ湖の透明な水に
澱みはひとつも感じられなかった


翌年の競技会で武志が一位入賞をしたと
森の家に連絡が入った

その数日後、武志と奥さんの真ん中で
トロフィーを持ちとメダルをかけた陽太郎の写真が送られてきた

そしてもう一枚
写真が同封されていた

それには額に入ったあの工作用のハサミが
店の中央に飾られていた


なんて
めでたしめでたし・・・





















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2015/09/10 03:15
奈柚様

めでたしめでたし

子供の力って偉大だ!
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2015/09/09 23:09
スイッチ入ったパパさん
よかったよね
陽太郎くんのパパへの揺るぎない信用が
スイッチ入れてくれたんかな
ブレないって強いな
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2015/09/05 01:10
夢子様

めでたしめでたしです^^
ハッピーエンドが一番いいな!

工作用のハサミは
お店の鏡と鏡の間の少し上に・・・

お客さんに良く見える所にあります
「あのハサミは何だ?」って聞かれるのが楽しみだそうです


いしころ様

愛ですよね
学生の時「愛」について懇々と解く先生がいらっしゃいました

その時は聞き流していたのですが
最近なんとなくそうなのかな?って思うようになってきました

知らずに考えずにしている呼吸と同じように
ごく自然に相手を愛し、愛を与えられたらなって

毎日が修行なのかな?




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2015/09/04 12:30
短い文章の中に とても広い世界を感じました
さすが師匠~悲しく酷い事件が多い毎日に心が痛みます
世のなかが この森の家のお話のように
優しい心思いやりの心が少し痛んだ気持ちをほぐして
元気になってまた自分を取り戻していくような
そんな世界になっていきますように
まず 自分たちからですね~そんな世界の底には愛と言う
ゆったりと穏やかな優しい川が流れている
みんなの心には必ず流れている 「愛」という存在
みんなでにこにこ笑顔で包みあいっこしましょうね~
な~~んて 読みながら思っていました。ありがとう(^^)/
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2015/09/04 09:08
「工作用のハサミ」を額に入れている所が「粋(いき)」ですね。

めでたし!めでたし!



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