Nicotto Town



自作小説倶楽部2月投稿

『冷たくて美しい、』 

 私は白い地の中を這うように動く黒い背中を見つめていた。空気が肌を切りそうなほど冷たい。日に日に春の足音が近づいて来ていますと今朝の天気予報で言っていたが除雪した雪が集められた校庭の端で氷雪はまだ固く、溶けることは無い。
 ふいに小さな背中が傾ぐ。足を滑らせたのだ。少年は無様に転んだ。そして動かなかった。私の中で恐怖が蘇る。あの場所は彼女が倒れていた場所だ。見ていないはずの少女の姿を見たような気がした。
 思わず足が前に出ていた。
 少年が起き上がり、振り向いて私を見た。その顔は血の気が無く目だけが異様に光っていた。
「逃げたって駄目よ。佐藤君。あなたが探しているものは知っている」
 考えるより先に叫んでいた。
「何だよ。アンタ」
 少年が私を睨む。まるで痩せた野良犬だ。弱り切っているのに全身で警戒している。
「私は、名前なんて意味が無いわね。雪菜の友人と言ったらわかるでしょう」
 少年がわかりやすく動揺する。
 私と彼の共通点はひとつ。雪菜という少女を知っていたことだ。「恋に恋する」という表現を具現化したかのような純粋で愚かな少女だった。年下の幼馴染はこの学校のジンクスまで調べて頼みもしないのに教えてくれた。屋上で告白して成立したカップルは幸せになる。好きな男の子の名前をリボンに書いて校舎裏の大木の枝に結ぶ。等々。私はそれらのジンクスの真相も、そんなおまじないで恋が叶わないことも知っていた。
「雪菜の携帯電話は私が拾ったわ。一週間もご苦労様。おっと今は持っていないわよ」
 少年の眼に恐怖と絶望が浮かぶ。
 一週間と少し前、雪菜は校舎の屋上から転落して死んだ。老朽化したフェンスのネジが割れていて、少し押しただけで外れたのだ。禁止されているにもかかわらず屋上に忍び込む生徒は多かった。夜中に雪菜がそこにいたのは普段の彼女の性格から何らかのおまじないのためだと解釈された。騒がしかったのは一時のことで今はもとの学校に戻ってしまった。それとも雪菜の存在をみんなで忘れようとしているのだろうか。
「私、最初から知っていたのよ。あなたが雪菜を屋上に呼び出したのを」
 それは特別に寒い日だった。雪菜はうれしそうにメールの文面を見せてくれた。
〈放課後に屋上へ来てほしい。大切な話がある〉
 それだけの文章なのに雪菜は「これって告白だよね」と浮かれていた。
 そして雪菜はすっぽかされた。少年は雪菜の好意に気が付いていてからかったのだ。
「どんな気分だった? 雪菜が死んだのは自分のせいだって自分だけが知っている。罪の告白すら出来ない。でも気が付いた。自分のメールを見られたらすべてが暴露するって」
「ごめんなさい」
 少年がつぶやき、濡れるのもかまわずその場に座りこんだ。静かに涙を流す。生意気で元気な男の子。雪菜がそう評した少年はどこにもいない。彼の中で何かが壊れていた。
「私は雪菜を迎えに行ったわ」
 ずっと黙っていようと思っていたのに口を開くと言葉は口を衝いて出た。
「すっかり日が落ちたのに雪菜はまだ屋上にいた。電話すると『もう少し待つ』って馬鹿な娘よ」

 雪菜。あなた、騙されたのよ。
 そうかな。
 凍死したいの? 今行くわ。
 ルリはどこにいるの?
 校門よ。
 ああ、見えた。

 次の瞬間。耳元で悲鳴が上がった。何かが激しくぶつかる音。それらはすぐ側で起こったものではなかった。悲鳴は夜の空気に広がり、校舎の下で大きな音がした。本能的な恐怖に私は立ちすくんだ。
 我に返り何とか足を動かし建物に近寄った時、雪の中で光るものを見つけた。拾い上げる。雪菜の携帯だった。持ち主の姿を探すが除雪の雪で作られた小山は私を阻んでいた。
「雪菜は校門に立つ私の携帯電話の光を見たのよ。そしてフェンスに近づいた。もっとよく下を見ようとしてフェンスに顔を近づけて押した。雪菜が落ちたのは私のせいよ。どうかしら? 少しは気が楽になった? 」
 私が言葉を切ると少年は静かに悲し気な瞳で首を振った。
 悲しみを分け合おうとは思わない。私と彼はもうかかわりにならないだろう。ただ、ずっと、心の傷が癒えて大人になっても彼に雪菜のことを覚えていて欲しいと私は願った。

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2019/05/25 09:14
同じ「罪」を背負った者同士。
事故だけれど悲しいですね・ω・`
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2019/03/11 22:47
この二人にとってはこの先ずっと事故では無いんですね。
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2019/02/28 23:08
何か暗い話ですいません



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