Nicotto Town



自作小説倶楽部9月投稿

『守護天使』


結核で亡くなったお姉様は守護天使となっていつも私の傍にいてくださいました。年老いた伯父に女中代わりに引き取られ、折檻のために暗くて冷たい部屋に閉じ込められた時も、お姉様に教えられた歌を歌い、じっと暗闇の恐怖に耐えました。夫に出会わせてくれたのもお姉様に違いありません。彼は父の借金が無効であること、私に自立することを教えてくれました。
そして私は60年前の9月の末に伯父の元を逃げ出す決心をしたのです。夕方伯父が酔って寝てしまうのを見届けると私は小さなカバンを手にそっと家を抜け出そうとしました。しかし、どういうわけか伯父は目を覚まし、私を睨んでいました。夕日に照らされた伯父の形相はまさしく血塗られた赤鬼でした。走って、建物の外まで出れば助けがあると理性が訴えましたが、3年の奴隷生活で着いた見えない鎖が私の足を縛り着けていました。
伯父の拳が私に振り下ろされた刹那、バンと大きな音がしました。おびえ切っていた私はそのまま気を失ってしまいました。
伯父を見たのはそれが最後です。気が付くと病院のベッドの上で、彼が心配そうに私を覗き込んでいました。
後で警察に散々尋問されましたが、私は満足な受け答えをすることさえ出来ませんでした。ようやく正気を取り戻したのは伯父のコレクションのガラス細工の残骸を片付けていた時です。たとえ彼も、住む場所も失ったとしても自由を手に入れたのだと思うと不思議な安堵感が胸に広がりました。
幸い私は彼と結ばれ、それなりに幸せな人生を送ることが出来ました。
今でも60年前のあの日になにがあったのか、考える時が数年に一度くらいあります。そんな時、私の耳に『思い出さなくていい』と囁くのは夫の声であったり、お姉様の声であったりします。

「鏡子さん、もうやめましょう」
「なーに言っているのよ。秋分よ! スターゲートが開くのよ! これを観測しなくてどうするのよ! ほら、またカップルが来たわよ」
「やってることはもう、UFO観測ですらない。覗きですよ。出歯亀! Vixenが泣いてます!!」
「私の望遠鏡をどう使おうと私の勝手よ。君は望遠鏡をのぞくのが好きなんでしょう!」
「望遠鏡で星が見たいんです!」
本来天体観測用の高性能望遠鏡の先には高台でほほ笑み合うカップルがいる。男のほうはかなり体格がいい、覗いていることに気が付いたら怒るだろう。どうやって謝ろう。いや、その前に鏡子さんを説得するのだ。
「そもそも何でカップルが幸せになるというジンクスのハイキングコースを見張らなくちゃならないんです」
「これよ。この回顧録。書いた女性は10年前に亡くなっているけど、若いころUFOにさらわれたようなのよ」
僕は鏡子さんが差し出したボロボロの冊子の付箋紙が貼られたページを読む。地域の住民の交流のために発行されていたもののようだ。ほのぼのした生活の記事の中で、その思い出話だけが浮いている。
「ここに書かれている伯父さんの家が山の斜面にあったのよ。元々別荘で、戦争で焼け出されて引っ越して来て、そのままだったらしいわ」
「UFOだか、守護天使が彼女を守ったというんですか?」
「彼女の利益になったのは偶然よ。UFOはたまたま彼女と彼女の伯父さんを捕まえて何らかの実験を行い、彼女だけが帰された」
「いや、彼女はどこにも行っていないと思いますよ。伯父さんも、」
「じゃあ、どうして失踪したのよ」
「殺されたに決まってます。夫、当時恋人だった人が殺したんでしょう」
「彼女は一人で家出しようとしたんだ。現場に彼はいなかった」
「じゃあ、どうして病院で目を覚ました時に彼がいたのですか、何よりも彼女が聞いた音は扉を壊して彼が家に飛び込んだ時の音ですよ。彼女、『建物の外まで出れば助けがある』と書いているでしょう? 外で彼が待っていたんです。二人は駆け落ちを決行するはずだったんです」
「彼が殺したのなら伯父さんの死体はどこへ消えたのよ」
「『折檻のために暗くて冷たい部屋に閉じ込められた』とありますよ。どんな建物だったかわかりませんが、貯蔵用の地下室があったのじゃないかと思います。それが無かったとしても、今でこそハイキングコースが整備されてますが、70年前はもっと山深かったんじゃないかな。死体を隠すなんて簡単ですよ」
「むう、じゃあ、どうしてこのお婆さんは事件のことを覚えていないのよ」
「もともとそういう素質があったのか、伯父さんの虐待で現実から目をそらす癖がついていたのか。それに加えて、西日のまぶしい時間に『ガラス細工』のある場所で強烈な光にさらされたんです。素質に恐怖の体験、そして光の刺激、正気を失くすわけです」
生涯彼女を守り続けた守護天使はいたのかもしれないが、僕は口には出さずにつぶやいた。鏡子さんは何故かロマンスをファンタジーと罵るからたちが悪い。

アバター
2020/10/07 17:57
「年老いた伯父に女中代わりに引き取られ引き取られ、……」→引き取られ
「じゃあ、どうして病院で目を覚ました時に彼がいたのですか、何よりも彼女聞いた音は扉を壊して彼が家に飛び込んだ時の音ですよ。……」→彼女(が)聞いた音は
「僕は口には出さずにつぶやいた。」→僕は、口には……
 
以上の箇所に関して校正させて戴きました。
あと、改行がなされていなかったので、改行させて戴きました。

問題がありましたら、お申し付けください。
なお、このコメントに関しては、読後に消去なさってください。
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2020/10/07 17:51
イラストをつけておきましたので、どうぞご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n2092gk/14/

ワトソン役の鏡子さんとホームズ役の「僕」との掛け合いが面白いですね。


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2020/10/04 23:01
天然系の鏡子さん。
語りての男の子にとっては、まさに鏡として反対に物事を見ると、真実になるんだなあと思えました。
興味深いお話をありがとうございます。
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2020/10/04 03:13
ヒロインの守護天使はお姉さんではなくご主人だったというわけですね。 ^^



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