Nicotto Town


人に優しく。


かけがえのない人


窓を開ける。

八階です。

私たちの目の前にモスクワの街が広がっている。

空に花火のブーケがいきおいよく舞い上がる。

「すばらしいわ!」

「きみにモスクワを見せてあげるって約束しただろ。そして、祝日には一生きみに花を贈るって約束もしたよ」

ふりむくと、彼は枕のしたから三本のカーネーションを取りだしている。

看護婦さんにお金をわたして買ってきてもらったのです。

かけよってキスをしました。

「私のかけがえのない人。愛してるわ」

彼はぶつぶついう。

「きみはお医者さんになんていわれてるの? ぼくに抱きついちゃいけない。キスもだめなんだよ!」

彼を抱くことは許されていませんでした。

でも私は、彼を抱き起こしたりすわらせたり、シーツを取り替えたり、体温計を入れてあげたり、便器を運んだりしていました。

だれもなにもいいませんでした。





ー 『チェルノブイリの祈り』 スベトラーナ・アレクシエービッチ ー




 




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