Nicotto Town


人に優しく。


  

惚れても無駄

インフルエンザで四十度近い熱を出した太っちゃんが、七十キロ離れた伊万里の現場まで行くとき、運転をしていったのは私でした。

会社の裏の内科で点滴を打ってもらって一瞬ハイになった太っちゃんは、もう大丈夫だからいいよそんな、と言ったのですが、私は予定をキャンセルしたんだから、と言って譲りませんでした...

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挨拶

中年の男が言った。

「監督さん、こんな木偶の坊に腹を立ててもはじまりませんぜ」

監督は黙って、鼻の孔から煙をはき出した。

煙草のヤニで茶色になった指が、籐の鞭を握ってせわしなくうごめくのが見えた。

中年の男は、監督のポケットに煙草の箱を押しこんだ。

監督はまるで気づかぬ...

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正直

「きっと、人の手が届かない領域は案外広いんだよ」と佐々井が言った。

「高い棚の隅に何か小さなものが置いてある。人が下から手を伸ばして取ろうとするけれど、ぎりぎりの隅の方だからそこまでは手が届かない。踏台がないかぎりそれは取れない。そういう領域があるんだ」

「そんなものかな」とぼくは言った...

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芸当

黄色い光が漂って、きっと、にわか雨のせいでしょう……四十くらいで、着ていたものが……黒のギャバジンコートのような、栗色の髪が肩までかかっていました……とても明るい色の目、たぶんグレーで……顔色は青白く、美人でした。

雨が降っていました……顔には水滴が伝わり……笑顔が美しくて、背はそれほど高くな...

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二十年前に

何分かして、黒い修道服を身にまとった、背の高い修道士が現れた。

彼はぼくを見てにこやかな笑顔になった。

額の広いその顔は、ほとんど白髪のない栗色の小さな巻き毛に縁取られており、同じように栗色の髭がペンダントのように垂れ下がっていた。

彼はどう見ても五十以上ではないだろうとぼくは推測...

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