Nicotto Town


人に優しく。


ミセス


「ミセス・ベン、どうやらバスが来たようです」

私が停留所の外に出てバスに合図している間に、ミス・ケントンはベンチから立ち上がり、屋根の端まで来ていました。

バスが止まる瞬間まで、私はミス・ケントンのほうを見ることができませんでした。

最後に視線を合わせたとき、ミス・ケントンの目に涙があふれているのが見えました。

私はにっこり笑って、こう言いました。

「では、ミセス・ベン。お体を大切に。夫婦にとって、隠退後の生活こそ人生の華だと言います。あなたも、ご自分とご主人のために、それを楽しい年月にするよう努力せねばなりません。もうお会いすることはないかもしれません、ミセス・ベン。ですから、もう一度申し上げます。どうぞ、お体を大切に」





ー 『日の名残り』 カズオ・イシグロ ー




 




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.