Nicotto Town


人に優しく。


えらい男


繁蔵は一人で歩いて高台の浜村龍造の家へ行ったのだった。

繁蔵が帰ってきたのは夜の九時をまわっていた。

繁蔵はフサを見て、「疲れた」と一言言ったきりだった。

背広を脱ぎ、池に面した廊下の椅子に座った。

フサは思いきって訊いてみた。

繁蔵は「あの男もたいしたもんじゃ」と言い、フサをちらっと見、すぐ池に眼を移す。

「わしもあの男と色々あるさか、覚悟していたが。一言も言わん。おまえよりわしが一つ下じゃから、わしと同い齢か一つ下じゃが、おれよりも何倍も出来とる」

「なんど言うたんか?」

フサは訊いた。

「お父さんが来てくれただけでつらいのが取れる、と言うて、おれに、お父さんが苦しまんでもええ、と言う。殺された秀雄が殺されるような事をしたんやろし、警察にも、相手の正当防衛やと話したと言う。あの男に、お父さん、お父さんと言われておると、秋幸の事は放っとけ、秋幸が秀雄にしでかした事で悩むのは、自分じゃ、と言われとる気がして」

繁蔵は溜息をつき、煙草を吸う。

フサは黙った。

「えらい男じゃ、一言も愚痴を言わん」

繁蔵はそう言った。





ー 『枯木灘』 中上健次 ー




 




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