Nicotto Town


人に優しく。


惚れても無駄


インフルエンザで四十度近い熱を出した太っちゃんが、七十キロ離れた伊万里の現場まで行くとき、運転をしていったのは私でした。

会社の裏の内科で点滴を打ってもらって一瞬ハイになった太っちゃんは、もう大丈夫だからいいよそんな、と言ったのですが、私は予定をキャンセルしたんだから、と言って譲りませんでした。

助手席に収まった太っちゃんは、いつものように軽口をたたきました。

「さては俺に惚れたな」

「ばか。誰が惚れるか」

けれど今宿を過ぎるころには、太っちゃんは車に積みっぱなしにしていた現場用のジャンパーを着込んでぶるぶる震えていました。

「悪いな」

震えながら太っちゃんが言いました。

「惚れても無駄だよ」

私が言うと太っちゃんは口の端だけで笑ったようでした。

「現場行ったらしゃきっとしなよ。今は寝てりゃいいんだから」





ー 『沖で待つ』 絲山秋子 ー




 




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