自作小説倶楽部3月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2026/03/31 23:02:02
『殺意の微笑』
かつて高名な建築家が設計したという建物は午前の清々しい陽光を高窓から取り込み、集まった人々を照らしていた。ベール越しに周囲を伺いながら花嫁はしずしずと長椅子の間の通路を進む。招待客は花婿の関係者ばかりだ。好奇心もあらわに花嫁を値踏みする者、無関心、敵意。
花嫁を迎えるために神父を背に満足げな笑みを浮かべた年配の花婿が立っている。
花嫁は周囲の人間のことを頭から切り離す。どんなに吠えても烏合の衆だ。問題はこの男。意図的に口角を引き上げて花婿をにらむ。
その時、閉まったはずの扉が乱暴に開かれた。続いてすべてをぶち壊す大声が響く。
「警察です。みなさん、ご静粛に」
何人かが席を立つが声の主は堂々と教会に侵入し、その揺るぎない態度に押し黙る。
やっと我に返って声を上げたのは花婿だった。
「何事だ!? 俺の結婚式を滅茶苦茶にして、たがが番犬のくせに、警察署長に抗議してお前をクビにしてやる!」
しかし刑事は平然と花嫁の右腕を掴むと手首に手錠を掛けた。
「ミスター、私は貴男を助けたんですよ。この女は結婚詐欺師です。身元もデタラメ。過去には何人もの男を手玉に取って来ました」
「ふん、俺はそんな間抜けどもとは違うよ。女はみんな俺に服従するんだ」
「ああ、そうでしょうな」
刑事はにやりと笑って2枚目の令状を取り出す。
「貴男は数人の女性から暴行で訴えられています」
一人の刑事と数人の警官によって場は完全に制圧され、花婿と秘書は一台目のパトカーに押し込められ、刑事は花嫁を2台目のパトカーに乗せ、自らハンドルを握った。
「どういうつもりよ」
道を逸れ、先導のパトカーが見えなくなると花嫁が口を開いた。刑事は先ほどまでの威厳を剥ぎ取ったかのように、にやにや笑いを浮かべていた。
「御心配には及ばないよ。今頃、家宅捜査名目で俺の手下が金庫を運び出していることだろう。暴行も脱税も、ついでに秘書その他の罪状も本物だから嫌でも「警察」が動くだろう」
「どうして私の邪魔をしたかと聞いているのよ」
「仕事とは言わないんだな。変に正直なのが君の欠点だ」
男の顔から笑みが消える。女は息を飲んだ。
「調べはついている。十数年前、あの男は商売敵だった君の両親を陥れ自殺に追いやった。それからが転落の始まりだ。幸い君には美貌と人を誑し込む才能があったため生き延びた。でも、あの男に再会して復讐心に火が点いた。結婚までしてどうするつもりだったんだね? 他の男たちのように手紙一枚で騙されてはくれないよ」
「逃げるつもりは無かったわ」
女の声が震える。
小型拳銃がドレスを滑り落ち、ハイヒールの先に当たって音を立てる。
「汚れた身よ。もう過去には戻れない」
「戻る必要はない。変わればいいんだ。人間はいつだって成長できる」
「誰の受け売りよ」
女は今の状況が気に入らないと感じた。それでも胸の奥から笑いがこみ上げて来た。

























