自作小説倶楽部9月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2026/09/30 20:56:21
『木の下で』
気配に顔を上げ振り返ると引き戸の外で男がこちらをにらんでいた。見覚えのない人間だった。白髪に皺が刻まれた顔の中で眼がぎらぎらと光っている。
「何でしょう?」
脱ぎかけていた長靴を履き直し近寄って声を掛けた。
人里ではあるが、この家の周囲は畑と山に囲まれて極端に人通りが無い。玄関先まで来たということは私か妻に用件があるということだ。
「あんたが木梨か」
「はあ」
思わず間抜けな声を返してしまった。田舎の人の距離の無い人懐っこさではなく敵意ある態度に恐れより先に驚きが来た。
60歳手前、年齢は私の両親よりは上だと踏んだ。体格は良かったようだが全身の肉はたるみ、不健康そうな土色の顔にも衰えは明らかだった。
私の反応が癇に障ったのか男はさらに顔をゆがめた。
「ミカコを返せ」
一瞬何を言われたのかわからなかったが、すぐに「実果子」だと理解する。高校のクラスメイトだった彼女はその名前が嫌いだと打ち明けてくれた。
同時に男の素性を察する。
首筋がひやりとした。
「あんただけがミカコの行方を知っているだろう」
「何のことでしょう」
つばを呑み込み反論する。この男はどこまで知っているのだろう。
「しらばっくれるな。アンタはミカコの高校の同級生だった」
「そのミカコさんなら。父親のあなたから逃げたんですよ。父親の暴力は同級生の間では有名でしたからね。行方を知っていたとしても教えません。お帰り下さい。さもないと警察を呼びますよ」
「ふん。呼ばれて困るのはアンタのほうだ」
「え?」
「アンタは俺の娘を殺して埋めたんだ。アンタの畑の隅にあるミカンの木の下に死体を埋めたのだろう。あのミカンは俺の家の庭にもあったが、もともとはミカコの母親の実家にしかないものだった。ミカコはお守りにそのミカンの種を入れていたんだ」
ぞっとした。畑をこの男が見ていた? いつだろう。
隣の畑の奥さんが生えている苗を見つけてから好奇心でミカンの木を世話していた。
ようやく今年、ミカンの木は実り、金色に色づく実をみんなで見守っている。あの木が目印になるなんて思いもしなかった。
私の顔色が変わったのを見て男が醜く笑った。
「ミカコの日記に書いてあったぞ。アンタはミカコに言い寄ったんだ。肘鉄を喰らって逆恨みしたな」
「まさか、」
「本当だ。俺は失踪するまえのミカコにお前のことを聞いたんだ。しつこくて困っていると言っていた」
頭を抱えたくなった。しかしここで生産性の無い言い争いをしていても仕方ない。私は焦っていた。そろそろ妻が帰ってくるころだ。
「そんなに疑うのならミカンの木の下を掘ってみればいいですよ。道具を持ってきましょう」
「お前が掘れよ」
「かまいません。そうしましょう」
てっきり拒否されると思っていたのだろう。男はわかりやすくうろたえだした。
「待ちなさいよ。今、根を傷つけたら、せかっく生った実が不味くなるわよ」
割って入ったのは妻だった。どん、と男の背後で鍬の柄が地面をえぐった。
しまった。妻は時々、家の手前の道で友人の車を降りるのだ。少し前から様子を伺っていたのだろう。
「何だお前は」
男は妻に喰ってかかろうとしたが、妻は軽蔑にみちた冷たい目でそれに応じた。
「久しぶりね。お父さん」
にっこり笑って妻は鍬を振り上げた。
・・・・・・
「やりすぎだよ。カコさん」
滅茶苦茶になった玄関前をやっと片付け終えて私は夕飯の支度をしている妻に声を掛けた。
あの後、妻は鍬を振り回し、父親を追い回した。最後は私が羽交い絞めにして妻を止め、その間に男は逃げて行った。
妻は鼻歌を歌いながら味噌汁をかき混ぜている。そうは見えないが私の言葉に反応しないのは不機嫌な証拠だ。
まあ、あの男が警察に訴えたところでこのあたりの警察は親子間のトラブルで注意するだけだろう。
深夜も近い頃、布団に入ったまま妻がつぶやいた。
「ねえ、あの男をわたしが殺していたらどうした?」
私は少し考えて答えた。
「ミカンの木の下に埋めようか? でも肥料には不適だね」
微かな気配で妻が笑ったのがわかった。
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- 紅之蘭
- 2026/09/30 22:43
- 夫婦の深い闇。妻の正体、うわっ
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- 違反申告
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- 紅之蘭
- 2026/09/30 22:38
- 夫婦の深い闇。妻の正体、うわっ
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- 違反申告


























