Nicotto Town



弾正は言った

らしてみれば、悪党と教養人、それぞれの顔を持つ弾正から得られるものは大きいと感じた。
「そうですかねえ」
 と、牛太郎はうがった目を弾正に向ける。
「このように言っているのだからそうなのだろうが。貴様ぐらいだ、わしをけなしているのは」
「けなしているのは御隠居でしょうが」
「貴様だ」
 まあまあ、と、弥八郎がなだめる。牛太郎と弾正はおもしろくなさそうに盃を口に運ぶ。
「どうでもいいが――」
 弾正は盃を膳に置くと、場に馴染んできた弥八郎に言った。
「貴様、この小僧と共に歩いてみろ。馬鹿が馬鹿なりにやっているのを傍目にしておれば、浄土も極楽もよいのであろうが、浮世の行く末云々よりも己の些細な果報だということがわかるであろう」
 老人の言葉だからだろうか、説得力があった。とはいえ、妙にしんみりとしてしまう。
「どうしたんスか、らしくないこと言っちゃって。大悪党の言葉とは思えませんね」
「阿呆。大悪党の末路だからこそなのだ」
 口ぶりはいちいち元気だったが、両の肩を垂らして膳の上をぼんやりと眺める弾正は、猫のように小さくなっている。
「わしはもはや老いさらばえてあとは死ぬだけだ。もう、わしが輝くことはない。これからの時代を作るのは貴様らだ」
 何を言っているんだろうと、牛太郎は不可思議な思いだった。まるで、弾正は自分もかつては時代のためを考えて生きていたと言わんばかりである。
 その辺り、牛太郎は突っ込みたくもなったが、弾正があまりにも哀愁漂わせているのでやめた。
 弱々しい弾正のせいで座が盛り下がる。ゆらめく燭台の火が、三人を影にする。そのうち「寝る」と、弾正が言い出し、腰を上げてしまった。
「あとは貴様らで親睦していろ」
 千鳥足で障子戸を開けた弾正は、そのまま近習に抱えられて去っていった。
 取り残された二人は、黙って視線を伏せている。明智十兵衛や細川兵部のような生真面目な輩とでも酒を酌み交わせる牛太郎だが、弥八郎のことはよく知らないし、本来は人見知りである。勝手を知らない人間と目的もなく二人きりになるのはほとんどない。
 弥八郎もなかなか静かな男である。
「簗田殿は」
「弥八さんは」
 二人同時に声を上げてしまって、どちらも言葉が続かず、さながら初夜の夫婦のお見合いだった。
「あ、いや、弥八さんからどうぞ」
「あ、いえ、簗田殿から」
 牛太郎は酒を舐めて、とりあえず間を持たすと、頬をぽりぽりと掻きながら、
「その、えーと、弥八さんは三河に帰る気はないんですか。いや、あっしは、まあ、訳あって三河勢に知っている人がいるんですけど、その中に松平善兵衛っていう奴がいましてね」
「ああ。大草松平の子息ですな。元気にしておりますか」
「ええ。元気ですよ。この前もちょろっと会ったんですけど、その、善兵衛も一度は家康殿に刃向かったって言うじゃないですか。でも、今は普通に家康殿の家来ですし、他にも一向一揆に加わったけど、許されて戻って来ている人はいるみたいですよ」
「そのようでございますな」
「弥八さんも戻ればいいんじゃないんですか」
 言葉を大して選ばず、わりかし無邪気につついてくる牛太郎に、弥八郎はか細い笑みを浮かべて視線を伏せる。
「いえ、それは――」
 と、その先を濁して、盃を口にした。
「それとも、一向宗の教えなんですか、弥八さんは」
 盃を下ろし、静かに無言である。
 どうやら、この男は塞ぎこんでいる。他者には打ち明けたくない忸怩たるものを抱えて生きている。
 弥八郎は一向かぶれだ、と、弾正は言った。一向宗の教えが浸透しているなら、過激な門徒衆たちなのだ、こうした席上でも上総介の所業を批判してきそうなものだが、それもしな




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