Nicotto Town



旗一枚なびかない


 対岸はしんとしている。旗一枚なびかない。
「殿」
 七左衛門が見上げてきて、太郎はうなずいた。手綱を振り、いきり立っている黒連雀を川の中へ進ませる。治郎助、それに弥八郎も冷たい川水に足を浸からせ、七左衛門だけはその場に残った。
 黒連雀は鶴首になって跳ね飛びながら前進していく。
 ざばざばと、彼らが川面を裂いていく音だけが辺りには響いていた。
 鞍に揺られながら、あのときも雪景色だったと、太郎は振り返った。
 終わることのない道を終わることなく歩いていた感覚。血みどろになりながら、泣きじゃくりながら、英雄に憧れていた少年が、一個の男児として生涯を駆け抜けようとしていた自分が、孤独というつまらないものに打ちひしがれていた。
 笑ってしまう。
 一体、どこの誰が孤独だったのだろうか。
 俺は格好のつけかたを勘違いしていたみたいだ。英雄なら近くにいたじゃないか。裸一貫で身を立てて、女に袖にされても、だまされて投獄されても、同僚たちに愚将となじられても、自分の思ったことを、たとえどんなにくだらないことでも頑固に貫き通し、いくさに勝つためにはなりふり構わずがむしゃらに動き回り、恐ろしい妻から逃げ出しても結局は帰ってきて、生意気な奉公人たちの頭を引っ叩いても結局は情厚く雇い続け、家族のために、友のために、宿敵のために、死んだ者たちのために、すすんで重圧を背負って、乱世を駆け抜けている英雄が近くにいたじゃないか。
 俺は守られていたのだ。
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「殿っ!」
 後ろのほうで、唐突に治郎助が叫んだ。黒連雀の足並みに任せていたら、いつのまにか、弥八郎や治郎助を置いていってしまっていた。
 なので、太郎は手綱を引いたのだが、
「お戻りくださいっ! 硝煙のにおいがっ!」
 銃声が静寂を打ち破った。
 途端、太郎の時間は止まった。
「あ、あ、」
 衝撃に貫かれた太郎は、瞳孔を広げながら、自らの脇腹を確かめた。撃ち抜かれた分厚い胴丸から赤黒いものがどろどろと溢れ出てきている。
「ああ、ああ」
 太郎は痙攣する革手を銃痕に運ばせようとした。
 しかし、唇から血の塊がこぼれ出る。
 黒連雀が咆哮した。鼻面を天に向かってそそり立たせ、怒りに満ち満ちたいななきを響かせた。
 太郎はおびただしい吐血をその手に見届ける。
 やがて、黒連雀のいななきも夢の彼方へと遠のいていく。
 瞳は行方を失い、力は出血とともに抜けていき、彼の体は愛馬の鞍から冷たい川水へ、ふりちる花のように緩やかにすべり落ちていった。
業炎の門

 簗田家には雀が多い。子を産んだあとぐらいから、すえが台所から米を盗み出してばらまくようになったためだ。女中たちはすえをたしなめたが、牛太郎が許した。
 すえは一羽一羽の雀に名前を付けていて、ネエだのタツだのミイだの、毎日、雀の名を呼んでは話しかけている。
 この雀どもがうろついているさまに、沓掛から連れてこられた黒連雀の子は、つぶらな瞳をおどおどとさせていた。時折、首を振って鳴いた。どうやら、隣の馬屋におさまっている栗綱に助けを求めているようであった。当の栗綱は瞼をつむって、臆病な黒連雀の子を一向に無視している。
「お前は本当にクロスケの子なの?」
 赤子をだらりとおぶっているすえ。おびえどおしの若馬に首をかしげる。
「お前のお父ちゃんはとっても暴れん坊なのに。ねえ、おちいちゃん」
 背負われているというより、吊らされている赤子は、すやすやとたくましく眠っている。
 わあっ、と、叫びのような泣き声が聞こえてきて、すえは縁側のほうに目を向けた。あいりがうずくまってい 




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