Nicotto Town



もうひとつの夏へ 【4】

8月31日だというのに、駅はやけに混んでいた。

(あの時、こんなに混んでいたっけ?)

8年前を思い出そうとしたが、まったく思い出すことは出来なかった。

淡い光が構内を照らし、行き交う人を照らしている。

壁には、いくつもの広告が埋め込まれていて、その中から女優が微笑みかけていた。

(この女優、こないだ離婚したんだよな…)

そんな事を思いながら、時計に目をやる。

(8年前の僕が、駅から帰るまであと1時間か…)

それまでに2人を上手く会わせてやらなければいけない。

さてどうしたものかな? 天井の照明を見つめながら少し思考を巡らせた。

(8年前の僕を雪美の場所へと導くのがいいのか?)

最初に思いついたのはこんな作戦だった。だがすぐに打ち消す。

当時の僕が、素直に赤の他人の話を聞くタイプであっただろうか?

それに自分が自分に会うという事は、少々危険な気がした。

SFでは、時間的矛盾が生じてしまい、おかしなことが起こったりするところだ。

もしドッペルゲンガーなら存在が消滅してしまいかねない。

そんなリスクを犯すよりは、雪美を8年前の僕のところに導く方がよほど良いような気がした。

(うん、そうだな)

素早く思考がまとまると、なんだか上手く行きそうな気がした。

少し足取りも軽く、8年前の彼女の姿を求め、広大な駅を駆け回った。




馬鹿みたいに広い駅を息を切らせながら走る。

そのおかげか程なくして、雪美を見つけることが出来た。

茶色いベンチの上にちょこんと腰掛けていた。

白いワンピースに白い帽子、大きな荷物を抱えていた。

(やっぱり、かわいいな)

8年後に死んでしまうなんてとても思えなかった。

そしてそこで、大きく安堵の息をついた。

やっぱり雪美は、来てくれていたのだ。

再び時計を見やる、残り20分どうやら間に合ったようだ。

(まずは2人を繋ぐルートを算出しないとな)

駅の全体図を素早く思い浮かべる。

(F5通路を使えば5分って所か、十分間に合うな)

そんな計算を終え、ゆっくりと彼女に話しかけた。

「雪美、恭介ならこっちで待ってるよ」

だがコレは、完全に迂闊。…大失敗だった。

話を聞いた途端に雪美の顔が曇りだす。

僕のほうを怪訝な目で見つめている。

そして沈黙…。 当然だ。

名前を知っているだけで十分不審だ。

それなのに、こっちで待ってるよなんて言ってノコノコついてくる奴などいない。

家族、またはそれに順ずるものが、連れ戻しにきたと思ったのかもしれない。

警戒されて当然だ。

(どうする?このまま無言で居ても埒は明かないし、ますます怪しまれるぞ)

しかし、一度抱いた警戒心を解くことは、容易ではなかった。

あれこれ、話せば話すほど、あべこべに彼女は警戒レベルを上げって行った。

傍から見ても十分に怪しいし、彼女は警戒を解こうとなんてしない。

そのうち彼女は荷物に手を掛けじっと僕を見つめ足に力を入れた。

(逃げる気か)

もしここで逃げられでもしたら、完全に2人を合わせることは不可能になる。

(一度引くか、そのほうが賢明だろう)

「ゴメンゴメン、人違いだったみたいだ。それにしてもこの駅広いね」

くるりと雪美に背を向け、階段へ向かった。

何てことだ、此処に来て大きなポカをやらかしちまった。

階段に腰掛け、リカバリーする代案を探していた。

けれど気持ちは焦るばかり、

結局何もすることは出来ず遠目に彼女を眺めるだけで、時間だけが過ぎていった…。

(8年前の僕なら、こんな時どうするんだろうな)

そんなことを考えていると、ふと思い出した。

8年前の僕は帰る前に駅を一周していてF5通路にも近づいていた。

これを使わない手は、ない。

(時間的にも、手段的にも最後の賭けになるな)

少々強引だが彼女の腕を掴んで、そこまで引っ張っていってしまおう。

もはやこんな手しか思いつかない自分が情けないが…やるしかないな。

時間3分前、意を決して走り出した。

「雪美…ゴメン!」

雪美に届いたのかどうかは、確認する間はなかった。

あっけに取られた彼女の腕を引っ張り、通路へと駆け出す。

さしたる抵抗もなく目を丸くしていた。

きっと?で埋め尽くされた脳内を整理しているのだろう。

だが次の刹那、大声が駅へと響き渡る。

「キャーーー離して、誘拐犯!! 変態!!」

とんでもないボリュームで、とんでもない悪口を言われている。

(悪いな、あと少しの辛抱だ)

だが、そこを曲がればF5通路という所でバランスを崩して倒れこんでしまった。




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