Nicotto Town



もうひとつの夏へ 【5】

2人は宙に舞った。

そして雪美を抱きかかえるようにして、左肩から地面に叩きつけられた。

衝撃を防ごうと、手を後ろへ伸ばそうとも考えたが

結局雪美の保護を優先してしまった。

「痛ぅ…」

激痛のあまり、のたうちまわり仰向けに転がった。

(もしかしたら、ヒビくらいは入ったかもな)

牛乳と小魚は食べておくべきだったと少し後悔した。

(雪美は?)

辺りを見渡すと、すぐ隣で尻餅をついた格好のままきょとんとしていた。

幸い怪我も無さそうだ。

(変なとこで暴れるから予定が変わっちまったな)

ともあれ無事は確認出来た。

右手で左肩を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

だがそこで大事な事に気づいた。

(しまった… 時間は?)

あわてて時計を見る。

時間は…すでに過ぎてしまっていた。

この時間では8年前の僕はF5通路から50mは離れてしまっているだろう。

(急いで追いかけないと)

体制を整えると、まだきょとんとしたままの雪美へ歩み寄った。

そして彼女の腕を取ろうと手を伸ばした。

だが指に彼女の感触は伝わらず代わりに頬に鈍い痛みが走った。

一瞬何が起こったのかわからなかった。

だがすぐに理解する、殴られたのだ。・・・誰に?

その疑問もすぐに解ける。

なぜならふっとんだ僕が見たのは

鬼の形相でこちらをにらみ付け、雪美を抱えあげる8年前の僕だったからだ。

(そうか、雪美の悲鳴が通路の向こうまで届いたんだな)

安堵のため息をつくと、そのまま大の字で少しの間寝転がっていた。

(ったく手間かけさせやがって)




2人が何処かに走り去ったのを見送ると、ゆっくりと立ち上がった。

殴られた頬をさすりながら

「別に消えたりしねえじゃん」

ここにいる誰一人理解できないであろうセリフを吐いた。

もっともそのセリフは誰の耳にも届かなかったであろう。

セリフをかき消すには十分な数の野次馬が取り囲むようにして

それぞれ声を上げていたからだ。

(そろそろ潮時だ、立ち去ったほうがいいだろうな)

辺りは騒然としていた、駅員が駆けつけるのも時間の問題だ。

慌てて立ち去ろうとする僕の前に、可愛らしい封筒が落ちていた。

大して気に留めず立ち去ろうと思ったのだが、どこか引っかかるものを感じた。

(これは・・・)

よく見ると、この封筒には見覚えがあった。

(これは、8年前、僕が雪美に渡そうとしていたラブレターじゃないか?)

素早く拾い確認する。 やっぱりそうだ。
 
手紙を懐にしまうと急いで駅を後にした。

安全圏と思える地点で振り返ると、駅はずいぶん小さいものに見えた。

まるで微細な塵が空に舞うように、多くの人が出入りをしていた。

(まあ、結果オーライだったな)

そう思うと、なんだかすごくいいことをした気分になった。

近くの公園でベンチに腰掛けて、一息ついた。

ベンチ前の広場では、子供たちが口々に何かを言い合いながら遊んでいる。

その様子を横目で見ながら、先程の封筒を取り出した。

(懐かしいな)

結局出すこともなく捨てられたラブレター それを再び手にしている。

恥ずかしいような、懐かしいような不思議な感じだった。

(何書いてたっけ?)

興味からハート型のシールを裂き手紙を読み始めた。






「 雪美へ


      君の言葉がまだ頭から離れないよ

      さっき分かれたばかりだって言うのにさ

      別れてからもうどれ位経ったのだろう

      次会えるまであとどれ位あるのだろう

        いつもそんな事を考えていた

   この手紙を読んでいる頃には、もうあの土地にはいないだろう

          それでも覚えていよう

   二人で浴衣を着て出掛け、雨に降られて行ったあの港の公園を
     
     言っておくけど雨女は雪美のほうだからな

            忘れないでいよう
       
      二人でお弁当を食べた、あのベンチを

        普通に美味しいとか言って怒らせたり

      じゃがいもが苦手で笑われたりしたよね

   いつかもっと大人になってじゃがいもが食べれるようになったら

             結婚しよう

     ps、卒業式で渡すはずだった第二ボタンを入れておきます。
                               
                                       恭介より 」





手紙の中から、制服のボタンがコロリと転がり出てきた。

この手紙を雪美は読んでいない、これから読むこともないだろう。

現在でも、過去でも・・…・。

そう思うと、この手紙がひどく悲しいものに思え

気づくとベンチで泣いていた。

そんな光景を不審に思ったのか子供を半身で抱きながら

こちらを睨んでいる主婦が3人見えた。
 
別に悪い気はしない、ああやって子供を守っているのだからな。 

雪美も、ああいう強い女性だったのだろうか? 

現代の彼女のことを、あまりに知らない自分に驚いた。




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