Nicotto Town



もうひとつの夏へ 【7】

「痛っ!」

リビングから女性の声が聞こえた。

そして、また僕の元へ飛んで帰ってきたキーホルダー…。




え?



エーーーーーーーーーーーー???



慌てて上がろうとして、もつれて転んだ。

靴を脱ぐのももどかしく、そのまま土足で上がってしまった。

こちらに背を向けている女性に見覚えはなかった。

でも、もしかして……。 恐る恐る声を掛けてみた。

「雪美…… なのか?」

「ふぇ?」

間抜けな声をあげる女性。

ひょっとして過去を変えたことで奇跡が起こったのか?

でもそんなことはどうでもいい、雪美が帰って来たなら!

そのまま彼女の背中に抱きついて泣いた。

「雪美…。 良かった、良かったな」

「ふぇ? ふぇぇええええ???」

何が何だかわからないのだろう。 僕にだってわからない。

それでも雪美が生きている。 それ以外のことはもうどうでも良かった。

ひとしきり泣いたあと、はっと我に返った。

「本当に、雪美だよな…?」

ここに来て冷静になる。 もし違ったら、とんでもなく恥ずかしい。

「あの~恭ちゃん!」

女性はゆっくり振り返ると、僕のほっぺをつねった。

「痛タタタタ」

「ちょっと悪ふざけがすぎるんじゃない?」

「いや、割と本気なんだが…」

「はぁ? どっかで頭でも打ったの?」

8年前と変わらないノリが少し懐かしかった。

色々話したいことはあった。

でも何を話せばいいのか考えがまとまらない。

考えて抜いて出た言葉は、ひどく間抜けなものだった。

「雪美、僕と付き合ってくれないか?」

雪美はすこし考える素振りを見せた後、声を張り上げた。

「アホかっっ!!!・・・とっくの昔から付き合ってるでしょ~」

付き合ってる記憶はまったくないのだが、どうやらそういう世界らしい。

いや正確には、そういう世界に変わってしまったのだろう。

そんな事を、思っていたためか

雪美の視線が僕の胸ポケットで止まっていることに、まったく気が付かなかった。

「何これ? いっただきっ!」  「…あ」

あっという間に、手紙は彼女の手に渡ってしまった。

「何コレ? ラブレター? 貰ったの?」

8年前の僕の手紙を奪うと、ニヤニヤし始めた。

「恭介君も隅に置けませんね~」

ちょっと棘のある言い方だ。

「いや、それは雪美宛だよ。読んでみて」

「ん?」

少し訝しげに手紙を眺めたあと雪美は読み始めた。

「え、これって…?」

雪美はすぐに気づいたようだった。

「ああ、あの時渡すはずだった手紙だよ」

読みながら、雪美は色々話してくれた。

8年前の駆け落ちは、結局補導されて失敗。

けれども、そのことで僕の転校は無くなった。(父親の単身赴任になったらしい)

その頃からずっと付き合っている。

などなど、消え去った時間を埋めるべく様々な話に耳を傾けた。

一通り読み終えると、雪美は真顔で僕に向き合った。

「それでさ…じゃがいもは食べられるようになったの?」

その問いかけの意味は十分に理解していた。

(さて、何か気の利いたものはないか?)

辺りを見回すが使えそうなものは恐竜のキーホルダーくらいしかなかった。

(これでいくか…)

キーホルダーを握り締め、雪美の左手を取った。

「ああ、食べられるようになったよ」

そう言いながら、キーホルダーのリングを彼女の左手の薬指に引っ掛けて見せた。

上手く伝わったのだろうか?

雪美はキーホルダーを見つめながら、少し考え事をしているようだった。

指に引っ掛けたキーホルダーを見つめたり、時折ぐるりと回してみたり……。

どれくらいの時間がたったのだろうか?

それほど長い時間ではなかったはずだが

空気が乾いているのか、やけに長く感じた。

そしてその乾いた静寂を切り裂いたのは、雪美の意外な一言だった。

「ねえ、恭ちゃん…。公園いこうか?」

「ふぇ?」

今度は僕の方が間抜けな声を出してしまった。

既に時計は22時を回っている。

こんな時間に公園にいく馬鹿はいないだろう。

そう言おうと思っていた頃には雪美は玄関に居た。

「ほら、行くよ」

しびれを切らした彼女は僕の手を取って引っ張っていく。

どこかで見た光景だな。

・・・すぐに思い出すことができた。

(さっき駅でこんな感じだったな、立場は逆だけどさ)

そんな事を思いながら、ずるずると玄関まで雪美に引っ張られていった。

「キャンキャン」

愛犬のプリンがご主人様のピンチに部屋の奥から飛び出してくる。

けれども、雪美に制されると吼えるを止めた。

「プリンは、お留守番ね」

と言い残すと玄関を閉めた。

閑静な住宅街の一角であるこの辺りは、この時間は不気味なほど静まりかえる。

街頭の灯りを頼りに、二人は手を繋いで公園を目指し歩き始めた。




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