Nicotto Town


グイ・ネクストの日記帳


ジャンヌ・ラピュセル4


「アルフガルド軍が来たぞーーー。おい、人の話を聞いているのか?そこの牧師さんたち!早く逃げろ」と、黒いシルクハットの帽子を被った男は告げる。

「大丈夫です。聖女様が一緒ですから」と、牧師リルルは答える。

「殉教者か?勝手にしろ!忠告はしたからな!」と、黒いシルクハットの帽子を被り直し、男は馬車を「えいや!それっ!」と、走らせて去って行った。

 周囲の旅人たちは言うまでもなく逃げ出している。

その中で牧師リルルと、聖女と呼ばれたジャネットは丘の上の町トゥーランドットへの歩みを止めることなく、歩き続ける。
リルルはあごに手を当てて
「…一つ聞きたい、ジャネット。トゥーランドットのことは知らなかったのだが、丘の上のガンダルヴァ教会のことなら知っている。まさか、この町の教会はガンダルヴァ教会ではあるまいな」と、尋ねる。
ジャネットはリルルの目を見てから微笑み返して
「そのまさかですわ。ガンダルヴァ教会を知っていてくださったのですね。嬉しいわ。じゃあ、歌姫リリィのこともご存じですね」と、答えた。
「そうか、あの歌姫のご友人とはな。さて、あの階段を上ればトゥーランドットの町中だ。祈りはいいのか?」と、リルルはジャネットの顔を見る。
「ご心配なく、走ります!」と、ジャネットは走り出した。リルルは慌てて後を追う。道は二つに分かれていた。右は急な勾配の階段、まっすぐだとなだらかだが、魔物の姿が見える。「右に曲がります」と、ジャネットは急な勾配の階段をたたたっと、上って行く。
リルルはそれに何とかついて行く。階段を上がりきると、ガンダルヴァ教会がそびえていた。入り口の茶色の扉の前で、黒いローブを着た修道女が鉄仮面を被ったアルフガルド軍司令官と言い争っている。
「お前たちが教会に立てこもっていることは家屋を調べてわかった。だが集まって何とする?こちらには魔族の軍が控えている。さあ、降伏して奴隷となれ!」と、アルフガルド軍司令官は命令し、修道女を睨む。
「いいえ、なりません。この国は聖女様によりて創られし国ミドガルズオルムです。聖女様が守ってくださいます」と、修道女は睨み返した。

「おお、こわやこわや。では守ってもらうといい。その聖女様にな…。魔物たちをここに呼び寄せるまでよ。エクスターム、レット、シュレティンガー」と、アルフガルド司令官は呪(しゅ)を高らかに叫んだ。
アルフガルド軍司令官は立ち去って行く。
修道女は階段の下の広場から、明らかに人間とは異なる姿をした異形の者たちが隊列を組んで進んで来ているのが見て取れた。
「ジャネット…どうかあなたは無事でいて」と、修道女リリィ・マリアンヌは目をつぶった。

一部始終を見ていたジャネットは後ろからどう声をかけようか迷っていた。
リルルは戸惑うジャネットに代わり「歌姫リリィ・マリアンヌ殿とお見受けする。ボクは牧師リルル。聖女ジャネットの配下にございます」と、切り出してみた。
「え?ジャネットの配下?ウソ…ジャネットが来ているの?」と、リリィは当たりを見回す。
ジャネットは「久しぶり」と、リルルをどけてリリィの前に立つ。
「ジャネット…。ジャネット!」と、リリィはゆっくりと手をジャネットの背に回して抱きついた。
「久しぶり、リリィ。元気にしてた?」と、ジャネットはリリィの金の長い髪をなでながら答える。
「もちろん。ジャネットこそ聖女なんて呼ばれてどうしたの?」
「それがまだ私もよくわかってないけど…この町を助けられそうなの」
「ほんとに!?」と、リリィはジャネットの肩をつかむ。
「だからリリィ。今日は私のお祈りを聞いていて欲しいの。あなたとは違う神様だから抵抗はあると思うけどお願い」
「夜の女神ニュクス様だったわよね…いいわよ。聞いてあげる」
「うん」

ジャネットは深く深呼吸をすると、ゆっくりと息を吐き出しながら唱え出した。
「夜の女神ニュクス様…どうか昼間にお祈りを捧げることをお許しくださいませ。夜の女神ニュクス様、今日もあなたを感じています。
大地の息吹から、迫りくる魔物たちの息づかいから。神に与えられし唯一の武器によりて永遠の終わり、絶対なる無、完全なる許しをお与えくださるニュクス様、どうか私に終わりを与えてくださり感謝します。深い慈悲と許しを与えてくださり感謝します」

ジャネットの身体が赤く輝き宙に浮く。ジャネットの青い目は赤い目となり、六芒星の聖なる印が現れる。
「聖女様!!?」と、リリィは叫ぶ。
「私はジャネット。それでいいわ、リリィ」と、ジャネットは笑い、まるで大地を蹴るかのように宙を蹴った。
前方から5匹一組の隊列を組んで進んで来ているのはトカゲの魔物、リザードマンだ。槍を装備していて盾の扱いにも精通している厄介な魔物だ。
その後ろにはオークたちが斧を構えて5匹一組で隊列を三つ作って進んで来ている。
さらに後ろには鉄仮面を被ったアルフガルド軍司令官が馬車に乗って攻めて来ていた。


ジャネットはリザードマンたちの真上で止まった。


ジャネットの気配にリザードマンたちも気づく。
「ぎゃぎゃ(懐かしい)」
黒紫の水晶を通してアルフガルド軍司令官に言葉が伝わる。
「(水晶の制御がおかしくなったのか?)いや、今はいい。とにかくあの空を飛んでやってきた魔女を撃ち落せ!」と、アルフガルド軍司令官は命令する。
リザードマンたちはわれに返り、一斉に攻撃を開始する。遠くからリリィの叫ぶ声が聞こえる。
「ジャネット、避けてーーー」





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