あれは8年前。君は言葉さえ失くすほど傷ついて、膝を抱えて蹲っていたね。

あれは6年前。家庭教師の先生が中学校受験前に言った言葉
「プレッシャーに弱いので、分かっていることもパニックで解けなくなります。
朝の様子で合否が決まるでしょう。」

そしてその朝、君は青く強張った顔で、右手と右足を同時に出して、
ぎこちなく試験会場へ吸い込まれていったっけ・・。
主人と私は、娘の姿が見えなくなるとボソッと呟いたんだ。
「結果は見えたな」
「うん」
そして、やっぱり、第一志望の結果は、小さな封筒だった。

第二志望の面接で、丸暗記した模範解答を君は言った。
尊敬する人は「母」と・・。
「母は、私がやりたいことを、あれこれ口に出さず、じっと後ろで見守ってくれます。」
先生は身を乗り出して、暗記事項に無い質問をしたんだ。
「へぇ～。それは例えばどんなこと？」
君はもじもじと身体を動かし、首を傾げ、目をくるっと回し
「え～っと、え～っと、分かりません」とにっこり笑ったんだ。
小学生が賢い回答をすると期待した先生は、思わず椅子からずり落ちていたね。
あれは、あれは遠い昔。でもまるで昨日のような場面

第二志望の私立中学に合格し、成績には入らない出発テストで、
君は見事にE評価を取ってきたんだ。
役員を頼まれた私は、とても肩身が狭かったけれど、先生はみんなの前で
さりげなく言ったんだ。
「今回の出発テストで悪かった方、気にしないで頑張って下さい。E評価から出発し
卒業の時に、A評価になった生徒もいます。」
同じレベルの子ばかりの私学は、少しのミスで順位が入れ替わると痛感したんだ。

のんびり屋の君は、やはり成績に入らない夏休み明けの出発テストの
数学で、見事にドべを取ってきた。しかも全校生徒の中でドべ！
もともと公立を押していた海外赴任中の主人に、何と申し開きをするべきかと、
内心びびりながら真実を話すと、
「すげ～な～！ドベか？全校でドべなんて狙って取れるもんじゃないし
ある意味すごい！」と大笑い。1番おめでとうを連発され、つられて君も大笑いしたね。

君はエスカレーターで、通っている私学の大学の英米科に行きたいと言った。
でも、英米科は人気で、就職率も断トツだったから、成績順に選ぶことをきき
そのままの成績では無理だと、君は分かったんだ。
足を引っ張っている数学を克服するため、塾に通い、成績が上がると君は言った。
「勉強って楽しいね。一生懸命勉強すれば成績って上がる。私は英米科に行くんだ」
その時、君は全校では真ん中の成績に上がったところだった。
私は、自発的にやる気を出した娘が頼もしくて、頑張れ！その意気って応援したんだ。

2学年では、君はクラスで10位以内に入るようになった。
それだけで純粋に嬉しくて、手を取り合ってはしゃいだね。

3学年で、君は理科系で1位をとった。化学の得意な友人が嫉妬して
かなりひどい嫌がらせをして、君は家で泣いたね。
傷つく君に私は言った。
「今まで、これだけは負けないと思っていた子が、理数の苦手な君に抜かされて
プライドが許さなかったんだよ。これからは、泣くのは負けた時にしなさい。
今の君は追われる立場になったんだ。誇らしく頭を上げなさい。
でも君がもし負けても、みっともない負け方はするな。自分がみじめになるから。
君はその子の真似をすることなく、これからまっすぐ目指すものを追いなさい。」
そして、ついに君は全校の1割に入り、成績A評価をもらった。

高校に入ると、1年生からのテスト全てが累計の成績になるから、
気を抜くことなく君は頑張ったね。英語は負けない。
帰国子女にだって負けないと君は100点も取った。

そして君は先生と私に言ったんだ。そのままの大学英米科に行くつもりでしたが
進路を変更したいんです。私は外部受験をしたい。自分を試してみたいんです。
この辺の私大では、一番の難関と言われている○○大学英米科を受験します。
何て決意のこもった、キラキラした瞳だったんだろう。
先生は内申書を見て、頷いた。あなたならできるかもしれない。

目指した大学のオープンキャンパスにも二人で出かけ、英会話の授業で
楽しい会話をしたね。先生がいつの間にか、笑いながら間に入って
3人で夢を語ったね。

そしてセンター試験を迎えた。中学校受験の時のように緊張させまいと
私は歌を歌い、ジョークを言い、君を笑わせた。
笑って会場に入った君は、センター試験で、英語97％の正解を取ったんだ。

謝恩会の日が、第一志望の合格発表日だった。
役員だった私は、もう始まるというのに、気が気でなく、挨拶も考えられず
お隣の席の方のスマホを借りて、画面と受験票を照らし合わせた。
1度目確認。どきっ（＠0＠）見間違いを防ぐ為、2度確認(＠▽＠)　最後の確認
＼(゜▽＼)あった～～～っ！ (／▽゜)／やった～～～～っ！！
(T_T)よくやった。よくやった。どっと涙が出た。
君は生徒集合の写真を撮っている最中だったから、私が最初に合格を見たと
分かったら怒るかもしれないと思い、受験票をこっそり君の鞄に返し、スマホも返して、
廊下で泣いた。ホテルの係の人達も見ていたけれど、めでたい時の嬉し涙と
分かっていたので、にっこりと頷いて、静かに視線を外してくれた。
落ち着いた私は、挨拶も途端にまとまり、会も無事に終え、家に帰る途中も
君と手を取り合い、良くやったね。おめでとう。努力が報われて嬉しいよと喜んだ。

あの頃の幼くて、頼りなかった君は、うんと鍛えられ、心も体も大きくなったね。
右手と右足が同時に出るほど緊張したあの子は、どこに行ったんだろう。
君は最近、ママではなく、私の名前にちゃんを付けて呼ぶ。
もう、君を見守り、傷ついた時にぎゅっと抱きしめて助言したママではなく
親しみを込めて、私の隣に並ぼうとしているんだね。
大きく大きく羽ばたいて、私をおい抜いて、例えもう君に追いつくことが
できなくても、ずっとずっと見守っているからね。