Nicotto Town


ぐうたら日記


一億分の可能性

Episode3~ 鏡

 

 面会が許されるようになって、スグルはすぐにツバルの所に飛んで行った。

「ツバル、大丈夫か?」

「あー、大丈夫大丈夫。俺がこのくらいでくたばるわけないじゃん」

 スグルの心配をよそに、ツバルはあっけらかんと笑い飛ばした。しかしスグルは知っている。ツバルは無理矢理笑っている。本当は、今すぐ泣き出したいくらい辛くて、今すぐ投げ出して逃げたいと思っていることも。ツバルが点滴をしている腕と反対の腕にアザがある。そして、ツバルの抗がん剤治療が始まると、すごく気持ち悪くなる。

「ツバル、無理すんなよ」

「ああ、分かってるさ。分かってる……」

 ツバルはお調子者の割に、人に迷惑をかけることをとても嫌う。弟にまで気を使う必要はないと思うが。

「なあ、スグル。お前は、俺の鏡なんだよな。それで、俺はお前の鏡。いつも向かい合わせで、なあ。お前の腕にも、点滴のアザがあるんだろう?」

「知ってたんだ」

「知らない方がおかしいって。スグルが怪我したら、俺もアザができたり、本当に切り傷ができたりしてたんだからな」

 ツバルはちょっと睨んだ。

「俺もそれで気付いた」

 スグルが困りながら笑うと、ツバルは微笑んだ。

「でも、俺思うんだ。病気になったのが、スグルじゃなくてよかった」

「なんだよ」

「まあ、俺の意見だから。軽く聞きながしといて」

「なんだそれ」

 そう言って二人で笑った。どれくらい振りだろう、こうして二人で笑ったのは。本当はさほど時間は立っていない。きっと二日か三日くらいだ。それなのに、ツバルがいなくなって時間感覚がおかしくなったのか、すごく長く感じた。

「そう言えば、なんでツバルの病室だけ、花無いの?」

「みんな持ってきてくれなかったんだよ。てか、スグルも持ってきてくれなかったじゃん」

「そうでしたー」

 ごまかしてあはは、と笑ったスグルに、ツバルがため息混じりに言った。

「あー、色気ねー。華が欲しいー。母さん美人だし、年の離れた彼女に見えるかな?」

「無理無理無理!母さんに華があり過ぎる!ツバルにはつりあわねぇ!」

 そう言って二人で爆笑した。ツバルは涙ぐんでいる。

「あー腹痛ぇ……母さんにつりあってんの、それこそ父さんぐらいだよなー」

「あれツバル認めるんだ」

「認めなきゃなー。俺、父さんほどいい男じゃないし。スグルはいい男だけど」

「同じ顔だろ」

 そう言ってまた笑った。ツバルはすごく明るい顔をしていた。そして、ひとしきり笑った後、小さく呟いた。

「鏡の同じ側に、同一人物が存在してはいけない」

「ツバルと俺は違う人間だよ」

「そうだな。俺は何ていい弟を持ったんだぁー。弟に癒されるわー」

「ツバル、キモイ」

「それ病人に言う言葉か?」

「ツバル限定で」

「うるせぇ」

「冗談だって」

「本気だろう」

「ばれた?」

「お前性格悪い!」

「どういたしまして」

 しばらくそういった会話が続いた。

「なあ、スグル。メガネ外したら、俺と同じ顔だよな?」

「そうだな。どうかした?」

 スグルは、ツバルの枕に数本の髪の毛が落ちているのに気が付いた。ツバルは知らん顔を決め込んでいるが、おそらく気付いているのであろう。スグルも、見なかったことにした。

「何でもない。そろそろ点滴の時間になるから、帰ってくれよ」

「分かった。また週末になったら来る」

 そう言ってツバルの病室を後にした。振り返ったら絶対泣きそうだったので、振り返ることもなかった。




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