一億分の可能性
- カテゴリ:自作小説
- 2010/09/22 21:09:44
~Episode3~ 鏡
面会が許されるようになって、スグルはすぐにツバルの所に飛んで行った。
「ツバル、大丈夫か?」
「あー、大丈夫大丈夫。俺がこのくらいでくたばるわけないじゃん」
スグルの心配をよそに、ツバルはあっけらかんと笑い飛ばした。しかしスグルは知っている。ツバルは無理矢理笑っている。本当は、今すぐ泣き出したいくらい辛くて、今すぐ投げ出して逃げたいと思っていることも。ツバルが点滴をしている腕と反対の腕にアザがある。そして、ツバルの抗がん剤治療が始まると、すごく気持ち悪くなる。
「ツバル、無理すんなよ」
「ああ、分かってるさ。分かってる……」
ツバルはお調子者の割に、人に迷惑をかけることをとても嫌う。弟にまで気を使う必要はないと思うが。
「なあ、スグル。お前は、俺の鏡なんだよな。それで、俺はお前の鏡。いつも向かい合わせで、なあ。お前の腕にも、点滴のアザがあるんだろう?」
「知ってたんだ」
「知らない方がおかしいって。スグルが怪我したら、俺もアザができたり、本当に切り傷ができたりしてたんだからな」
ツバルはちょっと睨んだ。
「俺もそれで気付いた」
スグルが困りながら笑うと、ツバルは微笑んだ。
「でも、俺思うんだ。病気になったのが、スグルじゃなくてよかった」
「なんだよ」
「まあ、俺の意見だから。軽く聞きながしといて」
「なんだそれ」
そう言って二人で笑った。どれくらい振りだろう、こうして二人で笑ったのは。本当はさほど時間は立っていない。きっと二日か三日くらいだ。それなのに、ツバルがいなくなって時間感覚がおかしくなったのか、すごく長く感じた。
「そう言えば、なんでツバルの病室だけ、花無いの?」
「みんな持ってきてくれなかったんだよ。てか、スグルも持ってきてくれなかったじゃん」
「そうでしたー」
ごまかしてあはは、と笑ったスグルに、ツバルがため息混じりに言った。
「あー、色気ねー。華が欲しいー。母さん美人だし、年の離れた彼女に見えるかな?」
「無理無理無理!母さんに華があり過ぎる!ツバルにはつりあわねぇ!」
そう言って二人で爆笑した。ツバルは涙ぐんでいる。
「あー腹痛ぇ……母さんにつりあってんの、それこそ父さんぐらいだよなー」
「あれツバル認めるんだ」
「認めなきゃなー。俺、父さんほどいい男じゃないし。スグルはいい男だけど」
「同じ顔だろ」
そう言ってまた笑った。ツバルはすごく明るい顔をしていた。そして、ひとしきり笑った後、小さく呟いた。
「鏡の同じ側に、同一人物が存在してはいけない」
「ツバルと俺は違う人間だよ」
「そうだな。俺は何ていい弟を持ったんだぁー。弟に癒されるわー」
「ツバル、キモイ」
「それ病人に言う言葉か?」
「ツバル限定で」
「うるせぇ」
「冗談だって」
「本気だろう」
「ばれた?」
「お前性格悪い!」
「どういたしまして」
しばらくそういった会話が続いた。
「なあ、スグル。メガネ外したら、俺と同じ顔だよな?」
「そうだな。どうかした?」
スグルは、ツバルの枕に数本の髪の毛が落ちているのに気が付いた。ツバルは知らん顔を決め込んでいるが、おそらく気付いているのであろう。スグルも、見なかったことにした。
「何でもない。そろそろ点滴の時間になるから、帰ってくれよ」
「分かった。また週末になったら来る」
そう言ってツバルの病室を後にした。振り返ったら絶対泣きそうだったので、振り返ることもなかった。