一億分の可能性
- カテゴリ:自作小説
- 2010/09/22 21:10:49
~Episode4~ 誕生日
まもなく、ツバルとスグルの誕生日になる。その日の週末、スグルはツバルの病室を訪れた。
「週末しか来てくれねぇのかよ」
ツバルが拗ねたように頬をふくらませた。ツバルは帽子をかぶっていた。母から聞いていたことではあったが、髪の毛の抜けは激しくなっていた。
「俺も忙しいの。そろそろ期末だって、気付いてる?」
「気付いてるって。でも俺も寂しいんだよぉ。この前だって、中間があるーって、全然来てくれなかったじゃん」
「分かったから。こまめに来るって。電話もするから」
「やったー」
ツバルはニヤニヤしていた。「病気じゃなきゃこんないい思い出来ないな」
「そうかぁ?」
「そうだよ」
ツバルはニヤニヤ笑いを急に引っ込めた。気持ち悪そうに口元を押さえたので、スグルは洗面器を取ってやった。ツバルはその洗面器の中に、液体ばかりを吐いた。
「……ツバル、最近、ちゃんと飯食ってないだろ」
「……」
苦しそうな顔を上げたツバルをスグルはたしなめた。
「副作用が苦しいのは、俺は分からないけど、ツバルの状態を見てたら分かるよ。でもな、ちゃんと食ってくれよ。そんなんじゃ治るものも治らないぞ」
「……ちゃんと食べる」
「よし」
ツバルに向かってスグルは笑いかけた。
「ツバル、俺ら、もうすぐ誕生日だな。なんか欲しいものあるか?」
ふと、聞いたことだった。特にこれと言って意味はなかった。
「ほんとにくれる?何でもいい?」
目をキラキラさせてツバルが洗面器を抱きしめていた。
「できる限りで!できなかったら断る!」
ちょっとがっかりした顔をしたのもほんの短い間で、すぐに希望に満ち満ちた顔になった。
「じゃあ、メガネ欲しい!スグルのかけてるやつ?」
「ん?俺のメガネと同じヤツ?」
「違う、スグルが今かけてるやつが欲しい」
「えぇ……いや、どうせ伊達だしいいんだけど、なんで?」
「スグルになってみたい」
「外見だけだけど」
「いいんだって。外見だけでいいから、スグルになりたい」
「……分かった。考えとく」
ツバルのキラキラとした目を前にしては、何一つとして断れなかった。
翌日、スグルは父とウィッグを買いに行った。オーダーメイドになるからずいぶんと値は張るものだったが、ツバルのためだった。ツバルの髪は薬の副作用でもうほとんどが抜け落ちてしまった。普段はニット帽で隠していても、どうしても外に出る時、鏡を見る時はせめても元に近い姿にしてあげたい、そんな気持ちから来るものだった。かと言っても、採寸はスグルのサイズで大丈夫で、髪型も全く同じと来ると、さすがに店員も不審な顔をする。しかし、理由なんて言いたくない。ツバルを憐れむ目で見てほしくない。
「スグル、本当にこれで良かったのか?」
「うん」
ウィッグを眺める父は少し心配そうで、なんだか不審がっているようだった。スグルは父からウィッグを取り上げると、自分のメガネを外し、眼鏡ふきできれいに拭いた。
「それ、どうするんだ」
父が不審そうにした。
「ツバルからのリクエストなんだよ」
スグルはカツラと共にメガネを箱の中に入れてきれいにラッピングした。ツバルは喜んでくれるだろうか。迷惑がるだろうか。