一億分の可能性
- カテゴリ:自作小説
- 2010/09/22 21:12:00
~Episode5~ 誕生日2
ツバルの病室に入ると、ツバルがぐったりと枕にもたれて外を眺めていた。それが、なんと言うか、サマになっていて、とても美しかった。
「ツバル」
「あ、父さん」
「俺は入らないのかよ」
「当然来てくれるものかと」
「そうだけど」
ツバルは物憂げな背中とは正反対のいつも通りの調子のいい、活発な感じだった。……家族の前ぐらい、弱音を吐いたっていいのに。なんで……そこまで頑張る?そこまで頑張れる?スグルには分からない。ツバルに聞いたって、教えてくれやしないだろう。
「ツバル、誕生日おめでとう。これは俺と父さんから」
「何?」
「開けたらわかる」
ツバルは包みを開けて息をのんだ。
「本当にいいの?メガネ」
「いいよ」
ツバルは仏頂面になったスグルとは全く違う、キラキラして、嬉しそうな顔をした。ツバルがニット帽を脱いで、カツラを被った。ニット帽の中には抜けた髪の毛がくっ付いていた。それを無視する習慣が、いつの間にか出来上がっていた。そして、ツバルがメガネをかけ、にっこりと笑った。
「どう?スグルに見える?」
「待ってくれ、スグルとツバルが入れ替わったみたいだ」
「ツバルー」
「ツバルはお前だ」
そう言って絡めてきた腕を振りほどいた。ツバルは舌打ちした。意味が分からない。
「ツバル、もう一個いいことがある。スグルにも。父さんと、母さんからのプレゼント」
「何?」
ツバルは怪しげなプレゼントに首をかしげた。それはスグルも同じだった。
「籍を入れ直した」
「どういうこと?」
あまりにもさらっと言われて頭がうまく働かなかった。
「だからだな……浅間ツバルと、浅間スグルになるんだよ」
ツバルはぽかんと間の抜けたように口を開いていた。
「それ、本当?」
代わりにスグルが聞いた。
「ああ。すまない。一応、一番のサプライズにしておいたんだ」
「サプライズ過ぎると思う」
そう言った時、ベッドから嗚咽が聞こえた。
「おい、ツバル……」
「俺達……また、戻れるんだ……家族に」
スグルはその姿を見て、何も言えなかった。スグルには、その感情を表現する言葉をまだ持っていない。
「スグル、俺、すげー嬉しい」
「俺もだよ」
「よろしく、浅間スグル君」
「よろしく、浅間ツバル君」
その時、母が(前を見るのも苦労するほどの)大きな花束(というより花籠)を抱えて病室の入口に現われた。それを、どさっとツバルのベッドの上に置いて、
「はー、骨が折れたわ。重い重い。腰が痛いわー」
そう言いながら、背中をそらせると、腰がペキッといった。しんみりとしたいい空気はどこへやら、いっきに爆笑の嵐だった。
両親が引越しの為に帰ってから、ツバルのベッドに腰をかけて、目に着いた本をぱらぱらとめくってみると、病院ホラーだった。
「ツバル、よく病院にいて病院のホラー読めるな」
「おもしれーじゃん」
「どこがだよ」
冗談めかして笑って言った。
「んー、早く、死神とか来てくれないかなって?その幽霊とかが死神だったら」
ツバルは半分冗談っぽく、しかし、半分本気っぽく言った。その瞬間、スグルの背中を冷たいものがつたって行った気がした。
「ふざけんなよ」
「ごめん、スグル怒った?」
「怒ってない。でも、もう二度と俺の前でそんな縁起でもないことを言うな」
「やっぱり怒ってる」
「だから怒ってないって」
言えなかった。ただ、言えなかっただけだ。もし、そんなことが本当になったら……。ツバルを失うのが怖いなんて。自分の光であり陰である人物にいなくなられるのが怖くて怖くてたまらないなんて。そんなこと。