Nicotto Town


錆猫香箱日和


そして、海へ

煙草のニオイで呼び起こされる記憶。
その記憶の中の人々は、私の大事だった人達で、思い出すと心が暖かくなります。

亡くなった父や、かつての夫や恋人。
特別な時間を一緒に過ごした、かけがえのない時間をあたえてくれた友人達。

過ぎ去った愛おしい人たちや、失われた時を求めて私の心はさまよい歩きます。

私の目の前にある大きく引き伸ばされた写真をじっと見つめていると、
この写真を撮った友人の顔と煙草のニオイと、
この写真を撮った日のことがありありと思い出されるのです。

前回の日記のつづきです・・・・・・




車の中で目を覚ましたとたん、煙草のけむりでむせた。

運転席のメグと助手席に座るアッコ
2人が吸う煙草のけむりが車内を白く包み込んでいる。
私は煙草を吸えないので迷惑このうえないのだけれど、この2人は絶対そんなことに気を回して吸うのを遠慮する人たちではない。
ひっきりなしに2人で煙草を吸い続け、はしゃいだ声をあげている。

カーステレオは大音響で、ローリングストーンズが流れている。

煙草の煙に辟易しながら後部座席にもたれかかると、思わず諦めと疲れの入り混じった深いため息が出た。
顔を上げて前をみると、運転席のバックミラーに変わり果てた自分の姿が写っているのが目に飛び込んできて思わずギョッとなる。
再びため息。

男の子みたいに短くカットされ、ツンツンに立たせた髪は真っ白で
おまけに眉毛まで脱色されている。
私は数時間で性別不明、国籍不明、年齢不詳の不思議人間に変身させられてしまった。どう見ても不審人物で、こんな髪と顔で会社に行くのは無理だろう。
しかし、私の憂鬱をよそに、私のこの姿が出来上がったときの
友人2人の嬉しそうな顔といったらなかった。

「絶対似合うと思ったんだよね、ショートのほうが絶対いいと思ってた。白髪すごく似合うし、」
「写真はモノクロで撮るつもりだから、髪が白くないとさ。海に行って撮るからこの髪の色だと砂浜と一体化してキレイでしょ」
え?海?
「アンドレブルトンのナジャは森に登場するけどさ、私のナジャは海から生まれるのよ」
と自信満々で胸を張るアッコ。
海から生まれるのはヴィーナスだろうと突っ込んでやりたいが、反論を聞くのが面倒なので、あ、そうなんだ、と適当に返事をしておく。

そんなわけで、私達は夜明けの九十九里浜を目指して車を走らせているのだ。


それにしても、アッコとメグのテンションにはついていけない。
もうちょい寝たふりをしておこうかな、と思った矢先に
「あ、ナジャが起きたよ、アッコ」
目ざとく見つかってしまった。
「ああ、猫のご飯なんだけど、私がちゃんとアンタの彼氏に電話して頼んでおいてあげたからね」
と礼でも言ってほしいと言いかねないぐらいの恩着せがましい口調でアッコが言う。
勝手に人を連れ出してるんだからそんな対応当然だ。
絶対に「ありがとう」なんて言わないからな。
不機嫌に押し黙る私をしげしげと見つめたのち、アッコがポン、と手を打つ。
「あ、そうか、アンタもお腹すいてんのね。まあ今日はさ、夕飯くらい私とメグがご馳走してあげるから」
「この先にファミレスあるからそこでいいっしょ」
ああ、もうなんでもいいです。
とにかく早く終わらせて、私をあなた達から開放してください。
お願いです、サンタマリア、と宮沢賢治の『オツベルと象』のとらわれの象の気持ちになってみる。
深夜に救いに来てくれる仲間がいる、あの象が羨ましい。





海は凪いで、静かに夜明けを待っている。

静かに打ち寄せる波が、月明かりに照らされて白く光っている。

静寂のなかに響き渡る波の音が心地よい。
耳に優しく囁きかけてくるような、心落ち着く音色だ。




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