Nicotto Town


錆猫香箱日和


8年前の恋

私の恋人は猫です。

いえ、私自身も猫なので、猫が恋人で全く問題ないんですが、
そんな猫の私が8年ほど前、人間の男性と恋をしたことがあります。

残念ながら、その恋は半年程で終わってしまいましたが
それはそれは楽しい思い出で、私は12月になるといつも彼の事を思い出します。


8年程前、私はよく兄の友達が経営しているブルースバーに入り浸っていました。

そこでは気が向いたら誰でも気軽に楽器を演奏することができ、店の常連が集まると誰かがギターをひき始め、ジャムセッションが始まりました。
女性客は少ないので、私が歌うアレサ・フランクリンやジャニス・ジョップリンは常連客に喜ばれました。

ある日・・・

カウンターでビールをビンごとラッパ飲みしていたら、隣に誰か座る気配があり
横を見ると何度か顔をあわせて、当たり障りのない世間話をしたことのある男が
何か緊張した面持ちで座っていました。
確か私とちょうど同じ歳でしたが、アンパンマンのような顔から下はでっぷりと太っており、アンパンマンとトトロを無理やり合成したような風貌でした。

「こんばんわ。何か御用ですか?」

と何か言いたげな男に向かって声をかけると、彼は息をスウッと吸い込み
いっきに言い放ちました。

「今度のクリスマス、僕とデートして下さい!!!お願いします!!!」

ペコっと頭を下げたまま、私の返答を待っているらしいアンパントトロに私は指を
突きつけながら言ってやりました。

「この時期って、あなたみたいなニワカ彼女を作りたがる馬鹿男が急増して本当にまいるわ。私、あんたみたいな女と見るとだれ彼かまわず声かけて歩くナンパ男って大っ嫌い!あなたみたいな男はそのうちマデイウオーターズみたいに女に銃で
撃ち殺されちゃえばいいのよ!!」

怒るか、と思いきや、ヘラヘラと顔をあげたアンパントトロ。

「俺、君のそういうプライド高くてきっついとこ、大好きなんだよね。
別に女なら誰でもいいわけじゃないんだ。
っていうか、君じゃなくちゃ駄目なんだよね。一目ぼれだからさ。
君のその、世界の果てを見ているような、
いつもどこか遠くを見ているまなざしに惚れました。
今度のクリスマス、僕と一緒に過ごしてください」

「な・・・突然何言ってんの・・・」

動揺して、自分でも驚くほど弱弱しい声になっている。

しかも気がつけば、カウンターでスタッフが身を乗り出し、
常連客が横と後ろにわらわらと寄ってきていた。
アンパントトロの懇願はなおも続く。

「俺さ、実はフレンチのコックなんだよね。
でさ、中卒でコックの世界に入ってからというもの、
クリスマスなんて1度も女の子と食事に行ったりしてデートしたことがないわけ。
そりゃ、そうだよな。
クリスマスなんて1年で一番のかきいれどきだもんな。」

「で、何で今年はクリスマスにデートなんてできるわけ?」

カウンター内からマスターが口をはさむ。
その問いに良くぞ聞いてくれました、嬉しげに頷くアンパントトロ。

「それは、来年1月に銀座に自分のお店を持つからです。」

おお、と野次馬連中から声があがった。

「今、お店がまだ出来ていないから、今年だけは休めるんです。
今年のクリスマスを逃したら、俺はもしかするともう一生クリスマスに休めないかもしれない。
その一生に一度のクリスマス、人助けだと思って、
どうか願いを叶えてはもらえませんか?」

「シスター、行ってあげたら?コイツ、イイやつだよ。
食事くらい行ってあげてもいいんじゃないの?」

とマスター。シスターは私のことで、兄貴の友達はみんな私をそう呼ぶのだ。

店内はアンパントトロに同情するムードが濃厚だった。
マスターに賛同して、そうだよ行ってやれよなどという無責任な声が飛び交う。

「もちろん、食事した後で襲い掛かるようなマネはしないし。
大人しく襲われるような君でもないでしょ。
まずはお友達からっていう手順はちゃんと守ります。
で、来年店が出来たら俺の料理食いに来てよ。
俺の料理食えば俺がどういう人間かわかってもらえると思うんだよね。
俺とつきあう、つきあわないはそれからゆっくり考えてくれていいからさ」

「そこまで言われて断ったら、私この後ここで歌ったりできなさそうだよね。
ブーイングがとびかいそうで。
わかりました。お食事のご招待、お受けします。」

お調子者のアンパントトロはやったあ、と飛び上がったあと
ご協力ありがとうございました、と周囲にピョコピョコ頭をさげてみせ

「あ、俺のことアツシって呼んでください」

とつけくわえた。

よーし、よくやったアツシ!
シスターの兄貴呼べ、兄貴!!
うわ、それだけは勘弁してください~
よ~し、んじゃ、とりあえず飲め。ビール奢ったる・・・・・・

大盛り上がりの店内。
そして、誰かがギターを弾きはじめた・・・・・・・


(後編に続く)

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