Nicotto Town


錆猫香箱日和


北の大地で眠る友達へ2

気がついた時には、私は店からそのオヤジを叩き出していました。

普通の女性にはオヤジの襟首つかんで
店から叩き出して顔面に一発お見舞いする、なんてできないでしょうが
私は子供の頃から父親がレスリングやら格闘技やらコーチするのを
みて育ってるんだもん。
こういう時どう動いたらいいか、私の体が知っている。


店内に戻ると、私は英雄になっていました。

みんな大喜び。

ファンクラブまでできちゃった。もちろんファンは出稼ぎのオジサン達。

ファンクラブ会長に就任したジュンちゃんは、50代のなかなかイケメンでスマートなオジサンで、かなり学もあり、
しかも嫌味オヤジのクイズの答えを知っているのに、自分が答えたら周りに恥を
かかせてしまうのであえて黙っているような、細かい気配りのある人だ。
一見してインテリ系なので、この人が出稼ぎ組なのが最初とても意外だった。

私は出稼ぎ寮のオジサンたちとさらに仲良くなった。
毎日このお母さんの小さな居酒屋で飲んでご飯食べて
麻雀したり
私はこの頃離婚したばかりで生活費に困ってスナックでバイトしていた。
( 私は結婚前と結婚してからでゴロッと態度をかえていたので、別れた夫が
 「俺が慰謝してほしいくらいだ」って言って慰謝料くれなかったから貧乏だった
  んですよ)
その私のバイト先で遊んだり・・・。

ある日、珍しくベロベロのジュンちゃんが、自分の身の上をボソボソ語りだした。


ジュンちゃんの家は北海道の苫小牧でもかなり大きな家で、結構手広く商売を
やっていたらしいのだが、大学を卒業後、父親が亡くなったあと、放蕩にふけり
家の財産を使い尽くしてしまったらしい。

「でさ、オヤジの会社つぶしちまってさ、二千万くらい借金つくってさ、着のみ着のまま夜逃げしてきたんだよ。東京に来る片道の金だけ持って逃げてきたんだ。
女房子供置いてさ。俺は、ダメ人間なんだよ・・・。
ああ、帰りたいな苫小牧に・・・」

北海道を夜逃げしてきたジュンちゃんは、懸命に働いていた。
来る日も来る日も、何年も休みなく働き続けた。
働いて、お金を返して、北海道に帰る日を夢見て。




「俺、一回帰ってこようかな」
ある夏のはじめ、ジュンちゃんがポツリと言った。

この頃から、ジュンちゃんはあまりたくさん食べなくなっていて
なんとなく痩せてきていた。
みんなちょっと心配していて、お店のお母さんはジュンちゃんが好きそうな
ものばかりせっせとこしらえていた。

「北海道に帰れるメドがついたの?」

「うん、あともう少しなんだ」

私はこの頃、猫を家においているのが大家にばれて、今住んでいる家にひきうつっていた。しかも私はちゃんとした職にありつけて、結構忙しくなっていた。
なので、あまり頻繁には店に飲みに行けなくなっていた。

でも、ジュンちゃんと会うのがこれっきりになるとわかっていたら
どんな無理をしてでもジュンちゃんに会いに行ったと思う。

ジュンちゃんが北海道に帰った、という電話をもらった時は驚いた。
何故そんな大事なことを、ファンクラブ会長ともあろう人が私に何も告げづに
苫小牧に帰ってしまったのか・・・。

ジュンちゃんは病院に行って診察を受けた時は
すでに全身を癌に蝕まれていた。

余命1ヶ月の宣告を受け、動けるうちにとお姉さんが迎えに来て
慌しく帰って行ったらしい。

あんなに帰りたがっていた北海道に
最期に帰れたジュンちゃん。

鮭が最期に生まれた川を目指すみたいに。

あんなに仲良くしてもらって、
ジュンちゃんやみんながいたから離婚後の寂しさだって乗りこえられたのに
まだ1度も北海道にお墓参りに行っていない。
なんて冷たい人間なのかと自分でも思う。
仕事が忙しいからとか、猫がいるからとか、そんなの言い訳だよね。

今年こそ 今年こそ って思いながら、もう何年経ってるんだか・・・。

来年こそは・・・。

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