Nicotto Town


錆猫香箱日和


実家猫太郎の日記 ~記憶~

僕は雨の日が好きだ。

僕は、窓際に置いてもらったお気に入りのダンボール箱の中から
雨にうたれる庭の木々を見てるうちにウトウトしていた。

僕は最近胸が苦しい。

少し動くとすぐに息切れしてしまう。

僕の胸をなにかがぎゅっと締めてしまうので
僕は今までのようにうまく動けない。

見えない檻に入ってるみたいに僕はうずくまり
両方の前脚をおって、胸のしたにいれて自分の呼吸を確かめる。

どっくん どっくんと僕の胸の中で脈うつ音は頼りなく
僕の見る夢は呼吸にあわせてとぎれとぎれに浮かんでは消える。



藤の花のなくなったお庭はとても殺風景だ。

去年の今頃、僕をずっと可愛がってくれていたこの家のお父さんが入院している最中に庭の藤の花は枯れてしまった。
いや、藤の花が枯れたのはお父さんの入院中だったのか
それともお父さんがお骨になって帰ってきてからだったか
どちらだったか、もう今となってはちゃんと思い出せないのだけれども・・・。

どちらにしても、僕は知ってる。

お父さんは大好きだった藤の花と一緒に天国にいるってこと。

だって、時々この部屋に現れるお父さんは、
いつだって藤の花の枝を手にしているもの。

お父さん、僕は今日も苦いお薬を飲まされました。

いいえ、お母さんは僕に無理やりお薬を飲ませたりはしません。

あの、時々ウチに来てずうずうしくご飯を食べたり、
僕をつかまえて爪を切ったりする、あの嫌なガラガラ声の大きな女の人。

アイツ、お父さんがこの家からいなくなって増長してるんだ。

アイツは人間のくせに足音をたてずに歩いて、気がついたときにはいつも僕はアイツに捕まってて、アイツはこともなげに僕の喉の奥に薬をねじこみ、

「ほーらね、猫に投薬なんて簡単でしょう」

いまやお父さんのかわりにこの家を守っている僕を、家長である僕を
わざわざお母さんやお祖母ちゃんの前で笑いものにするアイツ!!

僕は絶対アイツを許さない

僕をこの家に連れてきたのはアイツだけどね。

ここに来るまえのおうちでは、僕は大きくなるまで
ずっと狭い檻の中に入れられていた。

どうやら前の飼い主さんは、僕の爪がお部屋の家具や敷物を傷つけるのが
とても嫌だったみたい。
僕の爪を病院で全部取ってしまうことも考えていたらしいんだけど
そんな時、アイツが前の飼い主さんの部屋に乗り込んできて
最初はアイツの家に連れていかれたんだけど、
僕はアイツの部屋にいる猫っていう動物にさんざんにいじめられて
アイツはアイツの猫にも文句を言われて
慌てて僕をここへ連れてきたんだ。

お父さん、初めて会った時僕をみて
「お前、1歳になるまでちっこいケージで育ったのか。かわいそうになあ」
って言って、大きな手で僕の頭をゆっくりとなでてくれた。

その日から僕はここの家の子になった。

僕がいくら柱をひっかいても、カーペットで爪とぎしても
僕が遊んでいるときちょっとハイになってつい噛んじゃったりひっかいたりしても
僕がどんなイタズラしたってお母さんもお父さんも絶対怒ったりしない。

そしてブラッシング。
なんて気持ちがいいんだろう。
僕は長くてフワフワの毛に包まれているから毛玉ができやすくて
(アイツなんて、ここに来る前の全身毛玉だらけの僕を見て
 「アンタ、田舎の古バスみたいね!」って言って馬鹿にしたんだ)
お母さんは僕をすごく丁寧にブラッシングしてくれる。
地肌までマッサージしてもらうと、本当に気持ちよくて
僕の喉はついゴロゴロと鳴ってしまう。

どっくん どっくん どく どく どく    どくん・・・・・・・

僕の胸がまた不規則なリズムを刻みはじめ
僕は夢から冷めてすこうしだけ目をあけてみた・・・・すると

おや、なんだか騒がしい・・・

あの低いちょっとかすれた声は・・・アイツだ!

やれやれ、油断も隙もない。
いつのまに・・・。




「ちょっと、なにやってるのよ!!

どういうつもりなの、病院は大騒ぎよ!
酸素吸入器つけて、しかも移動用の酸素ボンベつけて病院脱走してくる
そんな重病人がどこにいんの!!
どこまで心配させる気なのよ。
トイレに間に合わなかったからって仕方ないでしょう。
それだけ重態なんだから、全然恥ずかしくないって。頼むから病院に戻ってよ」

すーはー すーはー

酸素吸入器をつけたお父さんは、苦しそうな呼吸をしている。

お父さん、帰ってきたんだ。

僕、ずっとこうして窓のそばにいて
お父さんが帰ってくるのをずっと待ってたのに

どうしてお父さんの帰ってきたのに気がつかなかったんだろう・・・・・・

どっくん どっくん どくっくん どっくん

あれ、僕・・・・苦しくない。

どっくん どっくん どっくん どっくん ・・・・・・・


ほら、以前の、跳んだり走ったりできたころの僕の体だ!!






                                            続く

#日記広場:ペット/動物





Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.