Nicotto Town


錆猫香箱日和


実家猫太郎の日記 ~記憶 後編~

僕はお父さんが横になっているベッドのところまで走って行って、
お父さんのにいつものようにイイコ イイコって頭をなぜてもらいたかった。

だって僕はお父さんが入院してから毎日窓の外を見ながら
お父さんがこの家に帰ってくるのを待っていたんだもの。

でもあの大きい人は、相変わらず耳障りなガラガラ声で怒鳴りつけていた。

僕の大事なお父さんを・・・・・・。



「お父さん、ここにいるったってね、その酸素のボンベ、もうあんまりないじゃない。

どうせボンベ持って脱走してくるなら予備ぐらい持ってくればよかったじゃない。

悪いけどね、その酸素切れたら死ぬわよ、お父さん。

お父さん、絶対に最期まで生きるのを諦めないって言ってたじゃない。

諦めないのがお父さんなんでしょ。

お父さん、諦めなかったから現役時代に7年も連続で

レスリングで日本で一番になれたんでしょう。

ずっと弟子にも、柔術教えてる警視庁や自衛隊にも

「最後まで諦めるな」って言い続けてきたんでしょう。

じゃあ病院に帰ろうよ。

最後まで闘えるのはあそこしかないよ 」



最後のほうはガラガラ声は涙声になっていた。

お母さんや、他の兄弟も、みんな泣いていた。


お父さんは目を閉じた。

涙が一筋頬をつたう。

酸素を吸っているマスクの下の呼吸はどんどん荒くなっている。

もう誰も口を聞けず、お父さんを見守っている。



ふいにお父さんがパッと目を開けポツリと言う。


「帰るぞ・・・・病院に・・・・・・・・」


その一言にうたれたように、お母さんが慌てて言った。

「ハイ、じゃあすぐに救急車を・・・・・。」


「バカ!俺があんなものに乗るか!車を今すぐ玄関にまわせ。急げよ!」


今度はカッと目を見開き、お父さんは酸素吸入器をもぎ取って叫んだ。

「お、お父さん、酸素を・・・・・・・」

「こんなもんしてたら、近所のものが見たとき何と思う!

俺が病気だと思うだろうが。

車に乗って近所を離れるまでこんなもんはつけん!!  」




お、おとうさ~んと家族は口々に叫んでオロオロとうろたえながら
次男は車を移動させるために走りでていき、お母さんとガラガラ声が
お父さんを両脇から抱えて玄関を目指した。


お父さんが行っちゃう!

せっかく久しぶりに会えたのに、またいなくなっちゃうの?!

僕はいそいで自分の寝床を離れ、走ってお父さんに追いついた。

お父さん!!

普段はあまり鳴かないけど、一生懸命大きい声でニャオーン、
とお父さんを呼んだ。

そのまま後ろ脚で立ち上がってお父さんの片方の足を
ふたつの前脚でガッチリとホールドした。


「太郎・・・・・・・・」

お父さん、お父さん、僕ずっと会いたかったんだ。

ずっとずっとお父さんが帰ってくるの待っていたのにどうして行っちゃうの?

お母さんとガラガラ声は困惑した顔で僕を見てる。

ちょうどそのとき玄関のドアがガチャリと開いて、この家の次男がドアを
大きく開けながら言う。

「車、玄関でてすぐのとこに着けた。今外に誰もいない。急いで」



「太郎・・・・ごめんな・・・・・・・・。」

お父さんの骨ばっかりになったごつごつの手が僕の頭を包んだ。

「太郎・・・・元気でいろよ・・・・・・・・。」



途切れ途切れに言ってお父さんは両脇を抱えられながら出て行った。


目の前のドアが閉まり、ガチャリと鍵のかかる音が頭上で響いた。



仕方ない・・・・僕はいつもの窓際に戻り、車の去っていった方角を見る。


お父さん、今度はいつ帰ってくるんだろう・・・・。


いつのまにかまた雨が降りだしていた。


雨が降ると僕は眠い。



いつしかまた僕は、とろとろと眠りにひきこまれていった。









                                        続く

#日記広場:ペット/動物





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