落語【スイーツ長屋】後編
- カテゴリ:グルメ
- 2011/05/24 00:42:32
まあおそらくこの童話を知らない方のほうが珍しいかと思いますが
念のため『ヘンゼルとグレーテル』についてご説明させていただきます。
昔は日本に『姥捨て山』ってェ口減らしのために年寄りを捨てに行く山が
あったんですが、異人さんの国では子供まで口減らしの対象になってたんですな。
この兄妹を親が捨ててきたところ、捨てられた森ン中で子供らはお菓子でできた
家を発見して、この家を片っ端から食べちまうわけですが、ここは魔女の家だった。
魔女は家を食われたのに腹をたてて、この兄妹を拉致監禁するんですが
この妹のほうが大変なアバズレで、手前が人の家を食ったのは棚にあげ
家主である魔女を騙してかまどに放り込んで殺害し、この美味しい物件を自分らの
ものにしちまった。
人が羨むような家に住んでいたら用心するべし、という教訓がこもったお話でござ
いますな。
「良かったわねえ、このケーキ限定50個ですって」
「朝一番で行ったつもりだったけど、もう並んでましたもんねえ。
これ、フランスでもなかなか食べられないらしいのよォ」
「あら、奥さんもうここはウチの近所の筈だわねえ。
でも何か様子が違うのは気のせいかしら?」
「そうね、あすこにめェてるのは確かにウチなんだけど、お宅は朝見たのと
違う家だわねえ。でもウチの主人が庭にいるわ。アラ、大家さんも」
「お帰り。思ったより早え帰宅じゃあねえか」
「ええ、ケーキが要冷蔵ですからね。大家さん、いらっしゃいませ」
「ああ、お帰りなさい。お隣の奥さんもちょうどいいところにお帰りでしたね」
「ちょうどいいとはどういうことですの?皆さんお揃いですが、ウチの主人が
おりませんわね。それにウチの外壁、朝と色が違いますわ。
主人が塗ったんでしょうが、壁を塗りなおすなんてひとことも・・・」
「お前、お帰りマイハニー、ここだよ~」
「あら、お宅の旦那さん姿は見えないけど上のほうから声がするわ」
「ハハ、僕ァさっきからここにいますよ。ハニー君がさっきからよっかかって
いるのは僕のお腹だよ。上を見上げてごらん」
「うえ?あ、あなたァ!!」
「まァ、旦那さん?!旦那さんの顔が家の二階の壁に埋まってるわァ!!」
「あ、あなたァー!!」
「ご心配には及びません。
旦那さんは、家に埋まっているのではありません。
旦那さん自身が家なのです。しかもただの家ではありませんよ。
外壁も内部も、中のインテリアも、全てクリームとチョコレートとお砂糖でできた
甘い、あまーいお菓子の家なのです!!
旦那さんは愛する奥様のため、いちだい決心なさったのです!!
これからは旦那さんがあなたが大好きなスイーツそのものなのです。
マイホームとマイスイーツとマイハズバンドが三位一体のハーモニーを
奏でながら奥さんをめくるめく甘い官能の世界へ誘うことでしょう。
もうこれからはわざわざデパートまでケーキを買いに行ったりしなくて
いいですし、若くてハンサムなパティシエと逢引する必要もなくなったでしょう。
さあ、このお菓子の家全部奥さんのものですよ」
「そうだよ、ハニー!僕はもう以前のハゲでメタボで不細工で加齢臭がして
息が臭い僕じゃないさ。僕はもう甘いお菓子の家になったんだからね。
さァ、好きなだけお食べハニー。ささ、隣の奥さんもどうぞ召し上がってください」
「おい、あんまり下のほうはやめておきねェ。
チョコレートの下に水虫があると困るぜ」
「エエ、そうだわね。しかし隣の旦那さん、思い切ったわねえ。偉いわァ」
「ああ、俺も見直したよ。いくら奥さんに浮気してほしくはねえとはいえ
なかなかできることじゃァないからなァ」
「ま、隣の奥さん浮気なさってたのォ。いつゥ?
あら、あなた、お隣の旦那さんなかなか美味しいわよ。
旦那さ~ん、お言葉に甘えていただいてますよ~!
このチョコレート、甘さが控えてあって大人の味ですわね!
このクリームも、カスタードクリームと生クリームを合わせてあって
洗練された味!とても軽いわ!
固すぎず、柔らかすぎず
舌の上でまるで淡雪のようにサラリと溶けていく・・・。
ふくよかで、それでいて自然でふんわりしていてどぎつくなく
それでいてこってりしていて!」
「おめェそれァどっかの料理漫画の台詞だろうよ・・・。
それにしても甘い香りがあたりにたちこめてンなァ
お、このお菓子の家に気がついて、長屋の連中が集まってきたぜ
下校途中の小学生もみんな足を止めて隣の家を見てらァ」
「どっかの犬が壁の生クリームをぺろぺろ舐めてるねェ」
「これからお隣はどうなっちまうのかなァ」
続く