Nicotto Town


錆猫香箱日和


夕空が晴れたなら Ⅱ

自分が何か強烈な白い光に包まれていたのだけは覚えている。

それから目が眩んで・・・。

どのくらいそうしていたのか、自分ではよくわからない。

でも自分が自宅の玄関に立っていたのだけは確かなのだ。

でもここは・・・・・・。

目覚めて意識がはっきりしてくるにつれ、

自分の置かれている状況に対する疑問がむくむくと頭をもたげる。

私はどうやら仰向けに大の字になって寝ていたらしいが

ここまでどうやってきてこういう姿勢で寝ることになったのか全く覚えがない。

ここは古い木造の小屋みたいなところらしく、やけに天井が低い。

すごく質素なつくりで、私は畳の上とかではなく

玄関らしきところをあがったすぐの場所に土の上にゴザを敷いた上に寝ている。

この奥がいちおう茶の間みたいになってるんだけれど

あまり家具のようなものはなく、台所らしき所には大きな水瓶とお釜があるだけ。

なんか・・・ひょっとしてまだ夢を見てるのかな・・・

仰向けになった姿勢のまま思わず両手で顔を覆ってみる。

と・・・・・・

「あら、気がついた?」

茶の間の向こうの戸がガラリと開いて、女性が入ってきた。

「よかったあ、気がついて。あんたウチのちょうどまん前に倒れてたんだよ。

そのままにもしておけないからさあ。

あ、いいよ起き上がらなくて。寝てていいからね。

今亭主も留守であたし一人だから全然気兼ねしなくていいからね」

女性はハキハキと話しながら近寄ってきて、私の枕元に座り

親しげな笑顔で私をじっと見つめた。

この人・・・着物着てる。

髪型はざっと巻上げてアップスタイルにして、櫛をさしている。

時代劇でよく見る長屋のおかみさん風だ。

そうだ、そういえばここの家も時代劇のセットみたい・・・。

などと私が観察している間にこの女性はまた立ち上がってきびきびと動き

台所から戻ってきた時には小さな一人ぶんのお膳をささげていて

それをちょこんと私の前に置いて微笑んだ。

「あんた、何も食べてないんだろう?

たくさんお食べよ。ご飯も根深汁もおこうこも、おかわりがあるからね」

目の前に置かれた小さなお膳の上には、小さなお椀に山盛りに盛ったご飯と

ネギの味噌汁、大根の漬物がふた切れ・・・ものすごくシンプルな食事だ。

でもこの人・・・私を生き倒れだと思って一生懸命用意してくれたんだ。

全然知らない私を家にあげてくれて、食事まで用意してくれて・・・。

「ありがとうございます。いただきます」

「あはは。礼なんていいよ。早くお食べよ」

嬉しそうに笑いながら、正座したまま両腕だけグッと前に出して上体を傾け

彼女は食事している私を覗きこむようにして話はじめた。

「ね、あんたのその格好って随分変わってるけどどこから来たんだい?

ああ、言いたくないなら無理に言わなくていいんだからね。

でもあんたってそうやってると品があるしさ、

茶屋の看板娘にしてもいいような別嬪だし・・・。

行き倒れになってるのがすごく不思議なんだよねえ。

もちろん何か理由があるんだろうけど」

「すっかりお世話になってしまって申し訳ありません。

私もいろいろお話したいんですが、私自身が混乱しちゃって・・・

多分うまく話せないんです」

言葉の端々から、彼女が私をすごく気使って心配してくれてるのがわかる。

でも本当に自分が今どういう状況にいるのか、まるでわからないのだ。

「ね、あんた名前はなんていうの?ゆい?おゆいちゃん、いい名前だね」

彼女は自分はお花という名前なのだと言って、さも嬉しそうに相好を崩した。

「それがさあ、ウチの人は花火職人なんだよ。

だからね、私の『花』は野に咲く花じゃなくて、花火の『花』なんだよね」

それから、きちんと座りなおして私の目をじっと見つめながらお花さんは言う。

「ねえ、花火ってさ、どうやって作るか知ってる?」

「いえ・・・きっと大変なんでしょうね」

「うん。あれはね、打ち上げれば一瞬で消えちまうもんなんだけど

えらく手間がかかってるのさ。

中に仕込む『星』っていう小さな粒は一日1、2ミリづつしかできないし、

紙は一枚乾かして、一日置いてからまた巻くからできあげるまでに

本当に時間がかかるの。夏に打ち上げる花火は冬からずっと作ってるんだよ。

だから・・・私は学もないから難しいことは言えないけど、

あんたもきっと何かあるんだろうけど・・・」

お花さんはもどかしそうに立ち上がって言う。

「だから、あんたも頑張らなくちゃダメってこと!

私はちょっと亭主に弁当届けてくるから、あんたはここでゆっくりしてること!」

言うやお花さんはガラリと戸を開け元気に外に飛び出して行った。

そこにお花さんと入れ違いに猫がスルッと中に入ってきた。

すごく大きい三毛猫だ。

と、猫がニヤリと笑いながら言う。

「ここは江戸時代よ、結衣ちゃん」

三毛猫の声は・・・舞さん?!


#日記広場:小説/詩

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2011/07/19 22:38
「心配しなくていいわよ。」と三毛猫姿の赤羽舞が言った。

「何か起こるかもしれないと思って、あなたにはボディーガードをつけてあるの。

ただこちらに飛ばされた時に少し位置がづれた様で、でもすぐに現れるわ。

その子は今のあたしと同じく、猫の姿で現れて『シン』と言います。

真っ白な子でとても頼りになる子です。私の力ももうすぐ消えます。

いいですか、シンが必ずあなたを元の場所に導いてくれます。

シンと離れたりしてはいけませんよ。」というと猫は横に歩きだした。

「はい。」と結衣は答えて、「待って、舞さん!」と猫を追い掛けたが

「にゃ~おん」と鳴いて、表に駆け出していった。

何か色々なことが起こり過ぎて、頭の中が混乱してる。

夢なのかどうなのかさえわからないし、説明がつかない。

「心配は要らない、多少困難なことだが道はある。」いきなり頭の中に

男の人のしっかりとした言い方の思念が飛び込んできた。

入口のところに、先程の猫よりかなり小さいけど、どこかそれを感じさせない

真っ白で優美な毛をもった猫がこちらを見ている。

「あなたなの?もしかして『シン』さん?」思わず猫に問いかけた。

「舞から聞いたのだろう。シンだ、よろしく。」と言いそのまま入口を出ていった。

「ちょっと待って!」慌てて、その猫の後を追って飛び出していった。

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シンに簡単な説明を受けた。まばゆい光に包まれる瞬間、シンが飛びついて

この世界に一緒に来たのだという、赤羽舞に頼まれ近くにいたのだそうだ。

時間を超えた力は全部あたしのものだという。本当なのか?

夢でも見てるのではないかと思うのだが、シンの言うことは

なぜか信じられた、この子は一言もしゃべらないで私と意見のやりとりをしている。

しっかりとした言葉と感覚が直に伝わってくるのだ。

子猫のような体高だが微塵も弱々しさを感じさせない、

何よりもその蒼き瞳に知性と優しさを備えているようだった。

どうしても聞いてみたいことがあって、シンに尋ねてみた。

「あなたは元の世界でも、猫の姿なの?」シンは答えずにどんどん進んでいく。

「もうすぐ日が暮れる、その前に元の世界の赤羽邸まで行きたいのだ。」
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2011/07/19 22:30
少し早足で、道を進んでいると、大きなざわめきと人だかりができている。

円の中心で十数人の侍が、一組みの夫婦を囲んでなにやら騒いでいる。

「善吉、うちの藩のために今回の花火大会の花火を作ればいいだけのことだ。

金もはずむし、お前に何の損もなかろう。」

「ふざけるな、こちとら前々からの先約があるんだい!受けれるかーー!」

「出来ないというならば、鞘にあたってきたその女共々叩ききる!」

「今回の花火大会に出す花火は前々から吉原の総名主庄司甚右衛門様から、

江戸の庶民の為と言われていたものだ。一昨日来いこんちくしょうめ。」

「あんた~!」お花が泣き顔でしがみついている。

「あっー!お花さんだ。」結衣が円の中に向かおうとするのをシンが遮る。

「歴史に介入するな!何が起こるかわからない。」「あの人、私を助けてくれたの」

「お前に何ができる?」といった時、光る眼でシンの瞳をのぞきこみ

「そうだ、シンあなたには何かできるのよね、舞さんが

頼りになる子と言っていたもの。そうでしょう?お願い助けて。」

「大馬鹿者!蹴散らすだけだぞ。」笑いを含んだ思考が飛び込んできた。

人だかりのかなり後方まで下がってシンがこちらを向く。

その瞳が青白い炎のように光り出していた。体からも青白い陽炎のような炎が

持ち上がっていく。周りの大気が渦を巻きだしシンを包み込んでいく。

青白き炎は揺らめきながら、シンの体を包みまばゆい光の虎の姿となる。

周りの数人の人間がこのことに気づいたが、一言の声も挙げられず後退りし始めた。

シンの体高はすでに5mを越えている。中心の侍と善吉夫婦もこの事態に気づいた。

「GaWooHHooーーーNNN」天にまで轟きそうな咆哮を響かせた。

誰もが蜘蛛の子を散らすように我先に逃げ出し始めた。

そのとき、また結衣の体がまばゆい光を放ち始めた。

いつの間にか当然というように、シンが元の姿で肩口に飛び乗ってきた。

まばゆい光の中で夢を見るように、シンとこの世のすべての

歴史と進化の過程を見ているような気がした・・・・・・




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