夕空が晴れたなら Ⅲ
- カテゴリ:小説/詩
- 2011/08/08 16:37:50
私とシンは再び眩い光の中にいた。
真っ白な光は長い1本のトンネルのようになっており
私自身の体が光の塊のように形を変えトンネルの中を凄いスピードで移動してる。
トンネルの壁はまるで映画のフィルムのようにいろんな映像が映し出されている。
映像は次から次へせわしなく目に飛び込んでくる。
ちょうど車で高速道路に乗ったときみたいな感じで
目の前に見えていた光景がどんどん後ろに流れ去っていく。
この時間を移動してるのが私自身の力なんて今だって信じられないけど
でもほんの僅かな時間でちょっぴり大人になった気分。
これといったとりえもなく、いつも自分に自信がなかったのが
嘘みたいに今は楽しい。
まるで不思議の国のアリスになったみたい!
チェシャ猫もいるし・・・
シンはあいかわらず澄ました顔で私の肩に乗っている。
「日が暮れる前にもとの世界の赤羽邸に戻りたい」
とシンは言っていたけれど、どうやら何事もなくもとの世界に戻れそう。
目の前に見えてくる光景がだんだん馴染みのあるものに変わっていた。
そして・・・ああ、これは私が生まれた時だわ!
そして私はどんどん成長して・・・
あれ?でもおかしいな、私とママの他に誰かもうひとりそばにいる・・・
と・・・つい映像にみとれているうちに・・・
「シン、ゴメン!もとの時間の赤羽邸通り越しちゃった!」
といっても、私止まり方しらない!どうすればいいの?!
「シン、止めて~!」
叫ぶと同時に周囲から光のトンネルが消えていた。
私の体ももとに戻っている!
宙に投げ出された私の体。
ああ、ホラ落ちていく・・・。
ドサリ、と地面に投げ出されもんどりうって転がったのは
自宅の玄関の前だった。
さっきここを出た時間を少々通り越してしまったけれど
まあ、そんなに問題ないよね・・・。
と思いつつドアに手をかけた瞬間、
ドアが内側から開き、あわや私の体は前のめりに倒れるところだった。
「結衣ちゃん!」
倒れそうになった私の体を抱え込みながらママが叫んだ。
顔色に血の気がなく、真っ青になっている。
私、そんなに心配させちゃった?
でも失恋して泣いてるところは見られてない筈だし
ここを出た時間からそんなにたってない筈。
だってまだ日は暮れていないもの・・・。
「パパよ!パパが帰って来て・・・またいそいで出て行ってしまったの!
ああ、もういないわ!どうしよう!」
叫びながらもママは私の体をしっかりとつかんだまま
あたりをキョロキョロと見回している。
私の体を支えにしてどうにか立っているといった様子で
ママの体はワナワナと小刻みに震えていた。
「パパ?」
私にはどういうわけかあまりパパのことが思いだせなかった。
「結衣ちゃん、あの時まだあなたは7歳だったから・・・
まだ小さかったからパパのことをよく覚えていないのも無理ないわね。
でも3年前のあのパパがいなくなった日・・・
私とパパと結衣ちゃんで花火見物に行って
結衣ちゃんを連れたパパと、ママははぐれてしまって・・・。
ようやっと結衣ちゃんを見つけたときにはパパがいなくなってて
あの日を堺にパパはどこかへ消えてしまっていたのよ。
そのパパが!
一体どうして・・・・」
最後は声にならず、ママは私の体につかまったまま崩れるように座り
顔をおおって泣きはじめた。
3年前の花火の日・・・
私はハッとしてシンを見た。
シンはいかにも普通の飼い猫のような顔をして
私達から少し離れた場所で、前脚を折って香箱座りなんかしている。
「シン、わたし3年前に行くわ!
私のこの不思議な力のことがきっとわかるし
パパがどこかに行く前に止めるわ!いいでしょう?!」
思わず叫ぶ私にシンはこちらを見てちょっと小首を傾げてみせた。
あくまでも普通の猫の振る舞いである。
そんな私とシンを見比べてママは驚いている。
「結衣ちゃんあなた・・・パパを止めるって・・・。
それに猫ちゃんに話しかけたりして、おかしいわよ、あなた」
涙を拭きながらクスクス笑うママを見て
失敗したけどちょっと良かったかもって思った。
「ねえママ、3年前に行くっていうのは冗談だけど
ひょっとしたら私、パパを連れ戻せるかもしれないわ。
ううん、きっと連れ戻してみせるから。だから待ってて。
危ないことはしないから大丈夫。
日が暮れる前にはきっと帰ってくるから!
というわけで、行ってきます!」
と言い終わると、シンがまたひょいっと私の肩に乗る。
私は駆け出した。
ママに見えないところまで走って離れるつもりだったけど
走りながらも早くも私の体はまた白い光に包まれはじめていた。