Nicotto Town


ぷち☆さちねこ日記


妖怪学校書物番 ①


「~~なぁなぁ、幸先生!」
 秋も半分に差しかかった時期。その日は、しとしとと秋雨が降っていた。
 こんな日は、妖怪学校の書物室も、少しは賑わう。
「……何だい、うるさいねぇ~。書物室では静かにせいと、いつも言うとるじゃろうが」
 その学校の書物番・幸は、面倒くさそうに、読み耽っていた本から顔をあげた。
 三本の尻尾が、不機嫌そうにぱたん、ぱたんと上下している。
「ろくろ首先生に言われて、おらァ、民話の本を探しにきたんだ。幸先生、民話の本は、どこにあるかねぇ?」
 番台よりも背が低いため、一生懸命伸び上がって―― 一ツ目の小僧が言う。
「人間世界でな、ワシら妖怪がどんな風に語られとるのか、次の授業で使うんじゃと。んじゃから、そういうことが載っとる、民話の本を貸して欲しいんじゃ!」
「……」
 横にひげの生えた口元をくいと曲げ、幸はじいっと、小僧を見ながら話を聞いていた。
 その間も、読みかけの本は開いたままだ。
「……そういう『話』が載っとる本は、だいたい何類だがね」
「……えっ?!」
 幸の突然の問いかけに、元々大きい小僧の一ツ目が、さらに大きく見開かれた。
 「類」というのは、妖怪の世界における書物の分類(通称YDC)のことだ。
 0~9までの番号が特定の分野を表す記号となっており、元々は、人間の世界にあった仕組みを輸入したとかしないとか。
「おまえはもう、四年坊主じゃろうが。それくらい答えられよう」
 幸のつんとした物言いに、小僧に焦りの色が見えはじめた。
「え、えーと……。物語の本は、9類だったよなァ?」
「うむ。知識的には正しく、なかなか良い線をいっとるがな。『民話』となると、社会分野に属するんじゃ。正解は3類。二桁でいうと、『38』の本じゃ」
「おお、なるほどなァ~!その番号のとこを探せばいいんじゃな!幸先生、ありがとう!!」
 クリクリ目玉に、両頬を嬉しそうに染め。小僧はそれから、ごっそりと民話の本を抱えて、教室へと戻っていった。

 * * * * *


「ふう~、それにしても、腹が減ったな……。昼飯はまだじゃろうか」
 椅子に腰掛け、読みかけの本を持ったまま。だらりと、上体だけ反らして時計を見た。
 昼食の時間までは、まだあと一刻あった。
「ここの学校の飯は美味いからなぁ。許されるなら、私ゃ何杯でも食うんじゃが……」
 うっとりしつつ溜息を吐いたら、待ちきれん、とばかりに幸の腹が鳴った。
 ――と。
「……フフ。先生、食欲の秋ですね」
「そして、相変わらずの読書の秋でもありますね…」
「……?! うおう、誰かと思うたら…! 書物委員の狸と狐じゃないか!」
 いつの間に立っていたのか、番台を挟んで――短髪に狸耳・狸尻尾を生やした少女と、長髪で狐耳・狐尻尾を生やした少女が、横に並んで立っていた。
 狸の方は、幸の腹の音にニヤッと笑い、狐のほうは、幸が読んでいたお気に入りの本を、見るともなしに眺めていたのだった。
「あんたたち、二人してどうしたんだい? 授業で使う本でも借りに来たのかい?」
 もうとっくに、3校時が始まっている時間だ。今頃連れ立って、書物室に来るのは不思議に思えたのだった。
「はーい。せんせー、二人だけじゃないでェ~す」
 ふと、読書机の一角から少年の声がした。
 見ると、書物室の漫画本を片手に、もう片手はびしりと手を挙げてアピールしている天狗の少年がいた。

「何だ、書物委員長までいたのかい。……どうした、みんなして、授業を追い出されでもしたのかい?」
「……いえ、違います。ウチ(6年生)担任のお菊先生と5年生担任のお岩先生が、中休み中、お互いの嫁ぎ先の不満について話し始めたら、そのまま話が盛り上がったらしく」
「その後も一緒に話したいからということで、私たちと5年生は急遽、3~4校時は自習になったんです」
 狸と狐は、淡々と答えた。
「そんでー俺たちはァ、別にすることもないから、こうして連れ立って書物室まで来たんだよ、先生!!」
 番台まで来た天狗が、ニカッと笑ってそう付け加えた。
「……はぁ~、あの担任たち、またかいね……」
 幸は、面白いやら呆れるやらで、軽くこめかみを押さえた。
「それじゃあ、5年の書物委員どもはどうしたんだい。連れて来なかったのかい?」
 この妖怪学校の書物委員は全部で5名。5年生に、あと2人メンバーがいるのだ。
「ああ、海坊主山坊主兄弟は、教室で、昨日あってた砂かけ婆とぬらりひょんのメロドラマの再現をしてました」
「……フフ、私チラッと見たけど、すごい再現率でした…♪」
「~~馬鹿たれが。そんなこたぁどーでもいいんだよ!」
 ぱしんと小さく番台を叩き、幸が喝を入れた。
「つまりあの2人は、教室で遊んでるってことだね…」
 なんとも言えないやるせなさに、思わずはぁ、と溜息が漏れる。


(②につづく)





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