Nicotto Town


錆猫香箱日和


父の日の思い出~雨音とジャスミン~

雨の降るこの季節は父のことが思い出されて仕方がない。

父が亡くなってもうすぐ2年が経とうとしている。

もうすぐ命日。

父が亡くなった当日も、葬儀の日も雨が降っていた。

2年前の父の日は父はもうずっと病床にいたから

確か寝具だのパジャマだのそんなものをあげた筈だ。

それに花。

病院を脱走してきた父は、猫と一緒に毎日ベッドから庭の木々を見て

過ごしていたが、窓の外は来る日も来る日も雨ばかり。

庭の薔薇の花は窓際の父からは遠すぎた。

私は寝ている父の周りを買ってきた花で飾り立てた。

「ああ、花は、いいな」

と笑い、また目を閉じて眠る父。

父はことさら私が冬に買ってきたジャスミンの鉢植えが気に入ったようで

末期の癌で思い通りに動かない自分の体に苛立つ父の神経を

ジャスミンの香りが和らげてくれているようでもあった。





そういえば、こんなふうに父が病気で寝付くまで

父と一緒に父の日なんて過ごしたことがなかったと思う。

父は誕生日も6月なのだが、そういう行事ごとはまるで気にしない。

何ものにもとらわれない自由さがいつも父から漂っていた。

父はもとレスリングの選手で、7年連続で日本チャンピオンの座を勝ち取り

頂点にいる状態でアッサリ現役を退いた後は

特定のところに所属することを嫌い、老若男女、性別、年齢、国籍を問わず

非常勤の講師として呼ばれればどこにでもヒョイヒョイと出かけてゆき

レスリングに限らず、柔道や空手なども教えていたようだった。

いちおう当時は有名な選手だったので、実現はしなかったけれども

三島由紀夫に体術を教える話もあったという。

千代の富士がこの風来坊みたいな父と同じ新幹線でバッタリ会って

同じ車両ですれ違ったんだけれども、父はその時すごく迫力があって

千代の富士は思わず自分が先に頭を下げてしまった、と

父との遭遇を千代の富士が書いてる古い記事がある。

そんな有名な選手だったんだから、しかるべきところで将来有望な人を

育成すれば良かったんだろうに、

私が覚えてる父は子供のレスリング大会のセコンドで

外人の子供のセコンドについて本気で(しかも日本語で)

怒鳴りながらマットをバンバン叩いてる父の姿である。






かつてレスリングの天才と呼ばれた人は生きる天才でもあったので

忙しく飛び回るついでにちゃっかりもうひとつ家庭を作って

子供までもうけていたので、そういう行事ごとの日はひょっとしたら

別の家でもうひとつの家族と過ごしていたのかもしれない、とも思う。

私は父以外に、こんなに自分がやりたいことだけをやって生きてる人を

他に知らない。



そんな自由な人生を生きた父が重い肉体を脱ぎ捨てて天に召された後

母親は持ち主のいなくなったバカデカイ箪笥や

母からみれば半分以上役に立たないガラクタがつまっていると思われる

やたらモノが詰め込まれた小物類の入ったスツールの遺品の整理を

目論み、それを私に命じた。

父はいつ見ても気に入った同じ服を着ていた。

服や靴下に穴が開こうが平気だった。

なのに父の箪笥ときたら人並み以上に大きい。

母とそろそろと中を見てみると、

一度も着ていない新品のスーツやジャケット、シャツやネクタイなどが

山ほど出てきた。

どれもかなり上等のもので、スーツやジャケットの殆どはオーダーメイド。

それらに混じって出てきたのが、

私が今まで父の日や誕生日に買ってあげた歴代のものたちが

出てくるわ、出てくるわ・・・・。

私があげたシャツにネクタイ、私があげた靴下、ハンカチ、煙草入れ、

ブルガリの香水に皮の小銭いれ、折り畳み傘に電気シェーバーなどなど

どれもほぼ新品の状態できちんとしまわれていた。

父の日に家にいたためしがないので、

どれも「これ、お父さんにあげておいて」などと言って

母に預けて父にあげたものだが、どれもこれも懐かしい。

見覚えのあるそれらを懐かしく思いつつ呆れながら

さらに小物の入ってる引き出しを開けると

警視庁マスコットピーポくんコレクションや

試合の審判をした時のホイッスル(何十個もある)に混じって出てきたのは

私が旅行に行ったお土産に適当に買ってきた民芸品や

貝殻でできたキーホルダーや、手ぬぐい、私が撮った犬の写真

紙粘土でわたしが作った灰皿など、

私が父にあげた歴代のガラクタが引き出しにきちんとしまわれていた。

父の日を一緒に過ごしたことはなかったが

父はきっとあとで私のプレゼントを母から受け取って

嬉しく思っていてくれたのに違いない。

それらはとても丁寧に柔らかい紙に包んでしまわれていた。

私と母はピーポくんコレクションとホイッスルの一部は

甥っ子や姪っ子の玩具にあげることにしたが

私があげた歴代のものたちはまたそっともとの場所にしまった。

雨の降る静かな夜に、あの引き出しにしまわれた

私のものたちのこと思い出すとき、

父を失った悲しみは何か暖かなものに変る。

ジャスミンの香りが父を癒したのに似ているかもしれない。



父の部屋の仏壇の隣にその小物の入ったスツールが置かれていて

一番うえにはピーポくんの特大ぬいぐるみが置いてある。

その部屋で雨の降る庭を、猫の太郎が眺めながらあくびしたり

ひがな一日ノンビリ寝て過ごしている。








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