Nicotto Town


JEJE 昔の名前ででています。


~心の整理がつかなくて~

ありがとう・そして・・・さようなら・・・心の友だったピアノ

昨日、私の大切なものが無くなってしまった。
一昨日、母親から「明日韮崎(別荘)に行って水抜きしてくるから」と一本の電話。

そう、寒くなる前の恒例行事。
そう言えば、もうずっと行っていない。
子供たちが小さい時は、年に5回ぐらいは行っていた。
時には、子供を通して親しくなった家族ぐるみで・・・
そして、夕べ・・・また母から電話があった。
「ピアノ・・・邪魔だし、処分したからね。」
と何の悪気の無い声で・・・私は、一瞬言葉を失った。

小学生の時にやってきたピアノ・・・
最初は、うれしくてうれしくて、時間を忘れるほど毎日のように弾いていた。
そして、当時転勤族だった私の家族・・・

常にピアノは場所を変え、私と共に移動していた。
いつも、私の傍らにあり、当然転勤族の家族に生まれた私には、学校でも嫌な事いっぱいあった。

それでも、私は親には言えずひたすらピアノを弾く事でその悲しみを乗り越えてきた。

中学になり、やっよ生まれ故郷の横浜に戻り・・・
ちょうど、その頃から私はそのピアノから、様々な歌を作り出してきた。

まさに、私の心を支えてくれた唯一の友だったのに・・・

大学時代に家を出て、それでも帰ってきたときには真っ先にピアノが置いてある部屋へ・・・

夏休みに帰ってきていた時にも・・・窓を開けて弾いていたら、ちょっと離れた家のおじいさんが、がらがらがらと・・・
私は、思わずピアノの音がうるさくて窓を閉めたのかな勘違いをし、家の窓を閉めて・・・

そして、その後気づいたのだ。
おじいさんは、うるさくて窓を閉めたのではなかった。
私がピアノを引き出すと、窓を開けて、窓辺に座りこちらの方を見て、私が弾き語り歌っているのを目を閉じて聴いていたのだ。

その時、初めて「私の歌を聴いてくれている人がこんな身近いる」とうれしくなった。

当然、多感な青春時代様々な歌がそのピアノと共に、生み出されていった。
私が結婚した時には、さすがにピアノを連れて行くことができず・・・

それでも、実家に帰ったときには真っ先にピアノ部屋にと・・・まだ小さい息子を連れて・・・
息子を膝に乗せ、ピアノを弾いていた。

その後、ピアノは父親が定年を迎えて購入したセカンドハウスへと移され当然私は、そこへ行った時にも時間を忘れてピアノを弾いていた。

そのうち、長男が幼稚園になり「僕もお母さんみたいにピアノが弾きたい」と・・・

当時、マンションに移り住んでいた我が家は本当のピアノをおく事ができずデジタルピアノを息子に買ってあげた。
「おかあさん・・・このピアノ韮崎にあるのと音が違うョ、それに弾き方も・・・」

そうだよね、本当のピアノとデジタルピアノとではタッチが全然違うし音の強弱つけれないよね。

私は、やっと母に電話越しに言った。
「何で、何で・・・私の一番の宝物なのに・・・あのピアノからどれだけの歌が生まれたか、ママにはわかっていなかったの?」

「何、まだそんな事言っているの、あなたの所にもピアノあるじゃない。」
そんな、単純な事じゃない・・・もう私はすでに号泣していた。
電話を切ってから、妹に涙ながらに電話をした。
「ママがね、ママがね」と・・・
妹は、一瞬びっくりして「ママに何かあったの?どうしたのよ?」
「韮崎にあるピアノ処分したって・・・あなただってそうでしょ?あのピアノは私たちの宝物だよね」

「お姉ちゃん・・・お姉ちゃんは相変わらずだね。もう無くなっちゃったんだから仕方ないじゃん」

7つ年下の妹の方が、よっぽど私より大人だ・・・
と言うか・・・私は大学時代は家を出ていたし25で結婚して、妹はずっと家にいて、30で結婚して。
私より、ずっと長く母親と共に暮らしていたのだ。
だから、母親の事・・・私より冷静な目できっと見ていたんだな・・・と

「ありがとう、私を支えてくれて、そしてありがとう、たくさんの歌を作らせてくれて・・・そして・・・さようなら」

引き取られたピアノは、発展途上国へと輸出されるそうだ。
次に弾いてもらえる人に、夢を与えてあげてね。

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2012/11/21 19:32
~らいあんさんへ~
どうも、ありがとうございます。
私は、小学3年の時に母方の祖父から「誕生日プレゼント、何が欲しい?」と聞かれ、その頃転勤先の大阪から、夏休みにはこちらに遊びに来て歳の離れた従兄弟からギターを教えてもらい、「ギターが欲しい」とおねだりしました。
祖父は、私の誕生日に合わせて大阪までギターを持ってきてくれて・・・
そのギターも今は、韮崎にあります。「お願い、ギターだけは捨てないでよ、おじいちゃんの形見なんだから」と言うと母からは「当たり前じゃない、あのギターはおじいちゃんがわざわざプレゼントしてくれたんだから」ちょっと母には、こういう所があるんです。

もちろん高校時代に自分でバイトをして貯めたお金で買ったフォークギターは、しっかりと我が家に有ります。
今は、発展途上国のどこかで私が愛した「ピアノ」が、私が弾いていたよう様々な曲を奏でてくれて、人々の心に届いてくれる事・・・祈っています。
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2012/11/21 18:54
お気持ちをお察しします。
ねねママさんの魂と想い出が詰まったピアノは、
今も発展途上国のどこかで、誰かの心を癒していることでしょう。

私が初めてギターを買ったのは13歳のときでした。
もちろん今でもそのギターは持ってます。
宝物ですよね。
まあ、ギターは簡単に持ち運びができるので
何度かの引越の歳にも、必ず自分自身の手で持っていきます。




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