Nicotto Town



7月自作/「海岸『線香花火』」


時は夏、蝉時雨が煩く鳴り響く。そうして外からは賑やかに燥いだ声が聴こえてくる。
打ち寄せる波は心地よい音を鳴らしては、風の音と共に風流にその景色を彩っていた。
海辺に程々近い和風の旅館の部屋から景色を眺めてぼけーっと黄昏に暮れる、全くこうしてるのも何度目だろうか。
眩しそうに暮れてゆく夕日を見つめては、海水浴場から荷造りをして帰宅していく人の群れがバラバラと見える。
俺も「やっぱり少しは海水浴場にでも行って少し泳いでくればよかったかな?」と少し考えたが止めておいたのでこうして黄昏ている。
そういえば確かそろそろ晩ご飯が出される時間だった気がする。そんな事を思い出して腕時計にて時間を確認した。
そして俺は重い腰を上げては着ていた浴衣を整えては、荷物で少し散らかった部屋を整理することにすることにした。

「ご馳走様・・・」
その後誰もいない旅館の部屋の中、寂しく独り豪華とはあまり言えない質素な晩御飯を食した後に、いつもの様に窓を開けては吸い慣れたメンソールを吸って一服することにした。
明かりをつけた部屋とは対照的にもう外の景色は太陽がすっかり沈んで、波の音だけが静かに部屋に響いては消えてまた響いてを繰り返しているだけだ。
実はというと此処は俺の故郷であり思い出の地でもあったのだが、実家には帰らずこうして旅館に泊まっていたのだった
…と言っても多少表現は違うのだがざっくばらんに纏めればそんな感じである。
ここに俺が来たのには理由がある。
「そろそろ向かうかな?」
深い溜息をついては旅館の鍵、ジッポに煙草、財布、携帯を浴衣の中にしまって部屋から出ることにした。

*

履きなれない下駄をカランコロンと鳴らしては、俺は当初の目的である場所へと赴くことにした。
不格好に伸ばしたボサボサの髪、多少剃ってはいるが一丁前に伸ばした髭、あの日から荒れ狂った俺は酷くなったと実感している。
旅立った日とは何一つ変わっちゃいない街路地を歩いては、煙草に火をつけて自分の首根っこを掴んで溜息を煙と共に吐いていった。

「またタバコばかりすってぇ…そんなんだからタバコやめられないんじゃないの?ねぇってば!」

うるさい…

「うるさいって…私は榛くんのこと思って言ってるのに…むぅ…最近ひどくない?私たち付き合ってるんだよ?」

ちょっとは静かにしてろよ

「ちぇーっ…ぶぅ…はやくいこうよ!花火だよ、花火!ようやく恋人のイベントみたいなことできるねっ!」

そうだな…だからちょっと黙ってろ…

「はーいっ、じゃあ黙る代わりに手繋いでてよ…」

…はぁ、わかったよ。加奈

「わーいっ!榛くん大好き♡」

何げに語尾にハートとかつける勢いで顔赤らめてんじゃねぇよ

「えへへ~っ」

ったく…

ここに来てまでしょうもない会話が頭を過ぎる。もう忘れたかったのに記憶はどうもそう簡単には消してくれないらしい。
嫌なものだ、ここに来てまで思い出したくはなかったのに・・・でもその為に来たのだから仕方がないか。
当初の目的である海岸の砂浜まで来ると、俺はそこら辺のコンビニで買ってきた数点の花火セットを徐ろに開けては花火に火をつけて花火を始めた。
紅色、黄色、緑、白といった鮮やかに花火はバチバチ、シュージューと音を鳴らし、閃光と火花を散らして淡く静かに消えていった。
俺はその作業を楽しむわけでもなく、海を見つめては延々とその作業を繰り返していた。
傍からみたらいい歳したオッサンがバカみたいに独りで花火に勤しんでいる構図にみえなくもない。
むしろそうだと良かったのだが、実際はそうでもないから辛い物がある。
もう今だから言うが、こうして独りでに上げている花火は彼女に向けての物だ。

*

彼女とは俺と「フィアンセ」の仲にあった関係で、同棲もして後数ヶ月で結婚と言う仲まで発展していた。
その彼女とは高校の時から付き合っていたのでもう6、7年付き合った関係だったと思う。
しかし付き合ってた時期は4年なので彼女と離れてからはもう2、3年経ったことになる。
年月は過ぎるのは早いみたいだ。その彼女とは俺は別れたのではなく彼女は殺されたのだ。聴く話によれば彼女は通り魔に殺されてしまったらしい。
その話を聴いた当初、俺は落ち込んだショックで勤めていた企業から退社して、独り部屋の中で孤独を過ごす時期が続いていた。
そもそも俺には家族がおらず、孤児院育ちで育った俺には彼女が唯一家族と言える関係に近い存在だった。
彼女の他にも家族でなく親友と呼べる仲の野郎どもは十数名いたのだが、彼らではどうしようもないぽっかり空いてしまった穴を塞げはしなかったが、随分立ち直るまでにだいぶお世話になった。
今ではフリーターの生活で生計を立て直して、就職活動も出来るようにしているがここまで来るのに、本当にだいぶ時間が経ったと思う。
そうして今こうして上げている花火は、元々彼女と約束していたものなのだ。付き合っている頃はこの場所で、共に夏を過ごすのが恒例となっていた。
その独り善がりな花火は彼女に向けての追悼の意味も兼ねて、毎年独りでここに訪れては上げているもので彼女への思いがまだ向いているという証明でもある。
そして一頻り、花火をした後に毎回最後にするのは線香花火だ。そう…これをせずには帰れない。彼女との一番の思い出がこれなのだ。
儚げにパチパチと燃える灯りを眺めて、最後に海岸をみつめて風流に締める。それが俺たちの暗黙の了解だった。

いつも通りに最後に線香花火の灯りをみつめ終わり、後片付けを済まして海岸を立ち去り彼女の眠る墓の前で一服していた。
多分これをしている限り、俺は他の女に移れないんだろうが今はそれでよかった。寧ろ他の女に目移りすること自体俺は無理だ。
そんな事とは対照的に何も難しくない木の囁きは淑やかに一定のリズムにて心地よい音色を奏でていた。
「さて今年も盆の挨拶に行くからさ」
俺は彼女とみつめてた海の邦楽を眺めてから、彼女に向けて挨拶してその場を立ち去っていった。

その時に背中越しに「来年もまた待ってるからね…」そんな幻聴が聴こえた気がするが、それを幻聴だとは思わずに俺は今年の就職先を決めつつ旅館に戻るのであった。

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2013/08/11 20:10
自作小説倶楽部より、作品拝読に参りました(uᴗu✿)
音がとても印象的に使われてらっしゃる作品ですね。
蝉時雨から波音、彼女との会話、そして花火。音の静と動が
交互にやってきて、落差にハッとさせられました。
大切な人が亡くなってしまうと言うのは、切ないですよね…(´;ω;`)
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2013/08/02 14:50
忘れられない恋って寂しいですね。
でも、こんな形で自分の存在を生かしておいてくれるなら…

自分のことなど忘れて、新しい彼女を見つけなさいよ。
きっと、そんなふうに言わなきゃいけないって空の上では思ってるよね。
そんな優しさを思わせてくれるお話でした。

線香花火、いいですね。
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2013/07/23 18:41
今だから淡々と語れる物語・・・重く、切なく、やりきれない過去を何とか次に繋いで生きている主人公に同情心が起こりました。
線香花火の思い出があるからこそ彼は何とか立ち直れたことに、余計切なさを感じました。
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2013/07/22 23:23
切ない夏の情景ですね…
男の一人旅〜と、読み始めたら
切なかったーー
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2013/07/16 22:41
生きている人間には毎年夏はやってくる。

歳を取らないのは、この世にいない人間だけだ・・・
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2013/07/16 17:54
スイーツマンさん
なるほど、そういった表現技法があるのですね
次回からは少し凝らしてみますね

まゆさん
そう感じ取って頂けて何よりです
毎度の訪問、ありがとうございます
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2013/07/13 20:50
止まってしまった時の中で、はかなげに散る線香花火が風流ですね。
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2013/07/12 07:20
風景描写を描いて情感をだすテクニックがあります
三段法にもなっており作品になっているとおもいますよ
ただ相手が殺されて~とかくと、賞を狙う場合はそこそこきついみたで
私は添削講師からクレームをつけられました 笑
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2013/07/12 03:59
ボキャブラリーとかありきたりとか表現力がなさすぎてごめんなさい
ってかこれ テーマ「逢瀬」に近い気がして あばばばばば

原作:http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=442098&aid=23684174
もう二年も経つですかー 時の流れも早すぎて あばばばばば(☝ ՞ਊ ՞)☝←




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