Nicotto Town



空白と黄昏と、そして 2


その翌日もいつも通りに俺は起きて、椛に加奈の命日の話と昨日の紙袋の件について話す予定だった。
ちなみに今日の朝食は、白ご飯、味噌汁、納豆、ほうれん草のお浸しにお弁当冷凍食品の唐揚げを解凍したモノだった。
昨日とは打って変わって、一気に料理に手抜きが出てきた気がする。
「お兄ちゃん、昨日あの紙袋勝手に取って中に入れたでしょ?」
朝食を食べようとしたタイミングで、そう椛に言われて食べるのを辞めて「あぁ、来てたからリビングに置いておいたよ。」とそう答えておいた。
「お兄ちゃんに言っておくの忘れたけど、今度から私宛の紙袋が届いたら内容だけ確認して容赦なくゴミ袋に捨てておいてね」
椛は少し不機嫌そうに淡々と告げていた。
「えっ?何かあったの」
「昨日届いた紙袋の中からラブレター?って言うの。そんな感じで付き合いを要求してくる様な輩が多くてね、なかなかあしらうのがこれがまた大変なんだよねー」
ため息混じりに遠目をして、めんどくさそうに呟いたのだった。
「職場ってそんなに面倒くさいの?」
「カラオケ店だから常連さんが来る時は来るし来ない時は来ないって、でも人来ないと暇だし……ってかお兄ちゃんには前話したと思うんだけどさ。対人関係が面倒くさいことになってるって」
「あー、はいはいあの件ね。」
「それで色んな人からお付き合い迫られてて、物で釣ってくる人も少なからずいるんだよね。釣られないけど」
椛は困惑した微笑みを浮かべて、紙袋のラブレターをビリビリに破いてゴミ箱へと捨てたのだった。
「ってかそんなに振るって事は別に好きな人がいるって事なの、それ?」
お預けを食らってたのでそろそろ椛の話を受け止めつつ、俺は椛が作ってくれた朝食に箸を伸ばした。
「そりゃそうじゃなかったら一々そんな正直に断ってないよー、ってかお兄ちゃんが僕ととっとと結婚して養ってくれれば問題は解決すると思ったんだけどなぁ」
大体は反応を分かってて返事してきたけど、実際に直で言われると来るものがあるな。これは。
自然とニヤけてしまいそうな顔を抑えて、平然と返事した。
「冗談じゃないって分かってるけどな、そういうのはまだ後にしてくれないか。今返事を出すにしても、今の状況で返事をしたらいけない気がするんだよな」
「お姉ちゃんに申し訳が立たない?」
「いやそれもない事もないけど、取り敢えずちゃんとした理由は数点ある」
「ほうほう、ちゃんと理由があるんだ」
椛が興味津々そうに朝食そっちのけで俺の顔をマジマジと見つめてきた。
「まず一つ目は俺は今のバイト先を辞めて、きちんと就職が決まるまで彼女はつくらない」
左手でつくったぐーから人差し指を立てた後に次に中指を立てて、
「そして二つ目は理性では割り切ったけど、加奈との気持ちの整理がついてないから」
そして最後に薬指をたて
「最後に今の夏生があんな状態で自分で気持ちを整理して告白してこない限りは、俺は誰かと付き合うなんてことは出来ない」
そう告げた後に溜め息をついて、
「この前あんな騒動があった後で、俺が新しい彼女を作ったら多分夏生は自傷行為に走りかねないしな」
「確かに最近の夏生さんは情緒不安定な節があるから、お兄ちゃんが下手に行動起こしちゃうと壊れかねないよね。アレは……」
「だから夏樹自身が自分で自分なりの答えを俺にぶつけてくるまでは、俺は何もしないし俺は彼女を作らない」
自分で言ってて物凄く他人任せな意見ではあったが、夏生が俺の隣に引っ越してきて生活をするだなんてよっぽどの事だと薄々自分でも追い詰められてるんだと思えたからだ。
「じゃあ私は夏生さんへの返答が終わった後でもいいから、いつでも待ってるね!その答えがYesでもNoでも私は文句言わないから」
「はいはい、あんまり期待はするなよ」
夏生自身が自分を見直せるまでは恋愛事については考えたくはなかったし、それを理由に逃げている自分を隠し続ける本音も実はあった。
「それと今度からは気を付けておくことにするよ。ちゃんと中身確認した上で処分しておくな」
「ありがとねー」
「それとだけど……、」
その話の流れで今年の加奈の命日を一緒に行くかと俺は提案しておいた。
椛は「んー、んー」と唸りつつも朝食を食べる手は止めずに丁度食べ終わった時に、「じゃあ折角だし一緒に行こっか」とあっさりOKしたのだった。
お互いとも加奈の命日には仕事や予定を入れていないし、その日には新幹線を使い地元まで帰って一泊して帰ってくる予定を立てておいた。
「じゃあ私とその日は一緒に行こうね!」
椛はそう微笑んで満足そうに寝る為に部屋に入っていった。
予定を決め終えた頃には俺もようやく朝食をとっと食い終わり、バイトに行く為に身支度をし始めたのだった。

巧人と椛が一緒に加奈の命日に行くと決めあった同時刻、夏生も朝食を済ませた後、昼からの仕事に向けて洗濯物を干している最中であった。
あの泣いた晩以来は自分自身の情緒不安定さに自らを叱咤し反省をし、成瀬にも巧人にも真面目に向き合うつもりでいた。
夏生は白色で無地の長Tシャツにジーパンの格好、そして髪はポニーテールに結いて外に溜まった洗濯物をベランダに干していた。
自分の本当の気持ちに揺らいでいる中、でも確実に自分は自分のやりたい様な道を選んで生きて行ける様になる為に夏生も夏生なりに決意していた。
そして四月二十八日は加奈の命日でもあるので、その現状とこれからの決意を彼女にしに行こうと思って夏生も巧人達には話さないまま行こうと決意していた。
「きっとその日には巧人も椛ちゃんも来てるだろうから、鉢合わせにならない様に見つからないようにしなきゃね……」
洗濯物を物干し竿に吊るして洗濯バサミで止めながら、そうボソリと独りごちる様に呟いたのだった。
夏生と加奈は面識自体はあったが話す回数はそれ程と言って多くはなかった。
『加奈が巧人の隣にいてくれるなら、私は巧人を諦められる。』そう考えていた夏生は、加奈の不慮の死、夫の浮気疑惑、未だに忘れられぬ幼馴染への淡い感情。
今も色んな感情が交差して渦巻いていたが、ようやく夏生なりの夏生自身らしい答えが出せそうなのであった。
胸に秘めていた感情に彼はきっと気づいているのだろうけれど、自分に正直でありたい夏生は空の加奈に巧人を頂く挑戦状を叩きつける勢いで向かっていく覚悟だ。
『ただこれは仲のいい椛ちゃんとの一騎打ちになりかねないな。』
でもそれはそれで面白い一戦になりそうで、夏生はそんな事に期待を込めながら、夏生自身も気付かぬ内にクスリと微笑んでいるのだった。





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