なんとかしなくちゃという気になった話

神保町へ行くのに
新宿駅から新宿線に乗った

大きな荷物を２つもった男性が席についた

曙橋駅から７０代のカップルが乗ってきた
二人は、大きな荷物を床に置いた男性の前にひとつ空いていた席に腰かけ
男性のほうは吊革につかまって
座った女性と和やかにひとこと二言言葉をかわした

大きな荷物の男性が
二人に向かってどなりだした
「なんだよ、俺の前にわざわざ立つってのは嫌みか？
他に席が空いてるだろうが、どこにでも二人で座れるだろう」

大きな荷物の男性の剣幕に驚いて女性が
「向こうへ移ろう」というと
大きな荷物の男性に背を向けている相方の男性は
のんきな声で
「一駅だから立ったままでいいよ～」という
大きな荷物の男性がまた席を変えろと繰り返し怒鳴る
座っていた女性が、たまらず、
「向こうが二人座れるから行こう」と言いながら
こちらに歩き出した
相方の男性も渋々後ろについてやってきて
二人はわたしの横に座った

「なんだろう？」
「なんか悪いことしたかい？」
「いいや？向こうを見ていなかったし」
と小さな声で話している

大きな荷物の男性が
また怒鳴り始めた
見ると
横に座っている中学生か高校生だろうか
制服姿の男子学生にからんでいる

「お前が座っていたから、俺の荷物が目立つだろう！そう思わんか！
お前、なんていう名前だ！学校は！何年だ！」
暴力というのは、受けている人、ひとりだけではない
回りにいて、その情景を見聞きしているすべての人が受けているのだ
「俺はな警官や駅員が来ても怖くないんだぞ！名前を言え！」
ひとりを見せしめにして
そこに存在する全ての人に暴力で支配しようとするのだ
怒鳴り続けられた学生が自分の名前を名乗る
どうも大きな荷物の男性は
自分が持っている大きな荷物を皆からあしざまに見られていると
思っているようだ
しかし、それはその学生にはなんら関わり合いのないことだ
なんと理不尽な言い分だろう
それを見聞きする私自身もこの暴力を受けているのだ
何らかの行動を起こす必要がある
黙って見ていることは加害者の言いなりになって
加害を助長する

どうしたらいいんだ～
なんとかしなくちゃ！
焦っているうちに電車は市ヶ谷駅に到着
降りる客がいっせいに立ちあがる
ひとりの若い男性が
大きな荷物の男性の前を通りながら
「からむなよ」と声をかける
その男性の後を追いかけて
「なんだと～！！！」と怒鳴りながら
大きな荷物の男性が向こうのドアに歩いていく
自分の荷物は置いたままだ

今だ！
カップルが降りるのに連れて
自分もドアへ進みながら
学生に声をかける
「あなた、いらっしゃい」
学生は気が動転しているのだろう
緊張したまま強張って動けない
３度目にかけた声に
はっと気が付いて
電車が走りださないようにドアを押さえている此方を見ると
自分の学生かばんを持つと
小走りにかけてホームへ降りた
冷静な子でよかった
ドアの外で待っていた
カップル二人とわたしは降りた学生の後ろへ付き添って
四人で改札へ進む

若い男性はひとつ向こうのドアの前に立ちふさがっている
大きな荷物の男性は何か大声で若い男性に怒鳴っている
電車のドアが閉まり
大きな荷物の男性が降りなかったことを確認した

電車が走りだして
カップルの女性が
「あの人は降りたの？」
とわたしに聞く
「大丈夫！降りなかった」
と答えると学生に声をかける
「大変だったわね」
女性は学生をねぎらう
「がんばったわね、偉かったわ」
学生がありがとうというように礼儀正しく頭を下げる

連携プレーだったね
若い男性がひとこと言ってくれたおかげだ
学生さんも、よくやったね
これは、自分の身を護るためと同時に
加害を増やさない為の行動なんだよ
非暴力行動は勇気をもっていないとできないんだ
本当の勇気っていうのは
暴力に対して自分と相手を護る行動を起こすことなんだよ
相手に勝つことだけでは非暴力行動はできないんだ

わたしは電車を降りてしまって待ち合わせに遅れ
時間のない相手を怒らせてしまった
ごめんなさい　〇〇さん