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2月 針 「待ち針と蒼き尊し」 中編


 よく「高校球児の青春は一瞬だ!」等と高校の青春をテレビの特集なんかで、アナウンサーがよく謳っているがその意味を今ならよく感じられる気がする。
ぼくと佐伯の図書館デートと言う名目の勉強会の甲斐もあってか、ぼくらは同じ大学に進学することができた。少し細かいことを言うと僕らが専攻した学科は違うわけなのだけれども。
 卒業式も無事終わってからは前々からふたりで約束していた普通のデートをしに、学校の通学路近くにある商店街に足を運んでいる。
佐伯の親にも卒業式以前に軽く挨拶を済ませたので、仮という形ではあるものの「親の了承を得た公認」として認めて頂いた。
何とも少し気恥ずかしい感じがしたもののこれもこれで、ふたりが歩む幸せのためだと思えればしっくりと納得ができた。
友達やクラスメートの皆にはぼくと佐伯が付き合っていることを知っていたので、打ち上げをぼくらだけ早々に切り上げてデートすることが出来たのだ。
本当に彼らには感謝しないと……
 と感謝したところで「普通のデート」と言うものについて全く知らないぼくは、ただ佐伯が「行きたい場所がある」と手を引っ張って歩くのでそれに着いて行くのだった。

 彼女はある場所まで徒歩でぼくを引き連れて歩くと、ある場所まで来ては立ち止まった。
「ほら、ここが私の育った保育園よ」
佐伯がぼくと一緒の初デートに選んだ場所は、彼女が昔通って過ごしていた保育園だった。
「ほぉ…佐伯が連れて行きたい場所ってここだったの」
外から見える遊技場の広さは一般にある保育園と同じくらいの広さで、そこにはジャングルジムやブランコにウンテイといった遊具や砂場など有り触れたモノばかりで満ち溢れている。
「私が以前言ってた話あるでしょ?だからその夢について弥谷くんに、もっと分かってもらおうかなっと思ってね」
優しい顔で外から遊技場で遊ぶ子供たちを眺めながら、ぼくの方を向いてははにかむ佐伯だった。
 確かにそこには暖かい表情で遊ぶ園児たちの姿がまじまじとうつっている。
佐伯の性格からして面倒見の良さがこの夢に繋がっだのかと思うと、自然と受け入れられる。
「佐伯がお嫁さんになったら、きっといいお母さんになるんだろうな」
その言葉はぼくの範疇からは無意識に溢れていた。きっとそれは一つの幸せのかたちで、その一つの未来を歩めるのだと思うと言葉にせずには居られなかったんだろうな。
「いやいや寧ろ私がお母さんになれば、きっと生まれる子供も幸せ間違い無しだからね!なんなら今日授かりに行く?」
「こぉら」
そんな冗談交じりに話す佐伯を平手で叩いては、苦笑交じりにこれからのキャンパスライフを期待せざるを得なかった。
彼女の見据える夢の傍らで見守っていたい。それは今までに感じたこともない自然と心も洗われるような新鮮な感覚だったから。
まだ少し肌寒いけれども、日も傾き始めた逢魔が時、佐伯という人間が今日少しまた理解できた気がした。
「夢叶うといいな」
「うん」
ぼくは自然と佐伯に肩をかけて彼女もそれに答えてくれた、この一瞬は何者にも代えがたい幸せな時間だった。

 ぼくの彼女「佐伯光葉」が幼い頃から描いてた夢は、数年後には現実のものとして描かれていた。
光葉が幼い頃に育った保育園で働くという夢を実現させたのだ。
ぼくはというと就職をしてバリバリの新入社員の営業マンとして、光葉と新たに産まれてくる子供の為に仕事をしている。
光葉とは大学卒業と同時に籍を入れて華やかではあるものの結婚式を開いた。だから今の光葉は「弥谷光葉」として、保育園で働いている。
結婚後は二人でマンションの一室を借りて暮らしてる、何不自由ない生活だ。
本日はいつもより早く帰宅する事が出来たので、保育園で産休前にも関わらず働く光葉を迎えに行く所だった。
月明かりが少し暖かみをくれる様な、太陽も傾きかけて紫と藍のコントラストの空が美しく見える時刻。
保育園の仕事はシフト制になっており彼女は本日遅番で、園児たちが帰った後も少し仕事をしてから帰るそうなので丁度、時間も頃合だと思ったのだ。
ぼくが保育園に着いた頃には保育園から彼女が出てくる姿が見えた。
「光葉」
 ぼくは光葉に声をかけて、彼女もそれに気付いた様子で手を振ってくれた。
「何?今日は早く上がれたんだね」
「まぁね、だからこうして迎えに来てあげたのさ。姫を迎えに来る『ハクバノ王子サマ』みたいでしょう?」
ぼくは彼女の荷物を持っては手綱を持つ仕草で応えてみせた。
「私がお姫様なんじゃなくて、ここのみんながお姫様や王子様たちなのよ」
そう優しく反論を返しては、ぼくの唇に人差し指をそっと添えて微笑む。
「ぼくからすれば光葉が受け持つ園児達は天使みたいにみえるけどなぁ……」
そう言う様な言い回し、今まで一回も使わなかったのに大人ぶっちゃって、そう言って今度は照れ隠しなのか、おちょくっているのか分からない態度で光葉は肘でつんつんとぼくの脇腹をつつく。
「でもこの仕事を初めて良かったって、何度も思えるんだ」
帰り道、他愛ないふわふわとした会話に幸せを噛み締める中で、光葉は唐突に自分から話し始めた。
「私はねこの仕事を待ち針だって考えるの、少し変な言い回しだけどね」
 前置きをそう置いて深呼吸しては続きを話す。

 私が子供たちの描きたい、作りたい道を一旦仮止めしてあげるの、その子が進みたいと思ったなら、その子自身の針はそのまま先に進むからね。
だから私はみんなの進みたいようにやりたい事を、やりたいがまま応援してあげるの。たまには間違える時もあるわ、だからそのときには「しつけ」をするの。
みんなの心に持つ「夢の糸」はきっとどこまでも続いていくし、可能性は無限大に広がってる。
ただその未来の布へ縫っていく糸が絡まないように、私たちが待ち針になって子供たちの夢を正してあげるの。

ねっ、そう考えるとこの仕事はやっぱりいいものだなって思えるんだ。

と言っても大変なこともあるし私たちも間違うことがあるから、全部が全部そうって訳にもいかないんだけれどね。
 そう最後に加えて上で苦笑いのような、恥ずかしさを隠しているような感じで頬を右の手の人差し指でかいては照れくさそうに笑った。
その時にぼくは改めて光葉を見直しては、この気持ちを初めて感じていた。
『嗚呼、この人と結婚してよかったな』って。
「夢が叶ってよかったな」
心から改めて光葉の事が理解できたぼくは心からの言葉を送ったと、同時に光葉も「うん」と彼女は出会った当時のまま、相変わらずの勝ち気な表情で気さくに微笑んでみせたのであった。

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2016/03/04 04:34
2月 針 「待ち針と蒼き尊し」 前編
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=442098&aid=61423569

2月 針 「待ち針と蒼き尊し」 後編
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=442098&aid=61533234




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