Nicotto Town


楽屋裏のつぶやき


Summer Snow 4


 

 あれから、さらに一週間がたった。
 英介は明日、日本を発つ。
 もう今日しか時間がなかった。



 一枚の写真を封筒に入れた英介は、部屋を出て和馬の部屋に向かった。
 あれから、何度か蒼子の家に行こうと試みたが、結局行けず仕舞いだった。
 和馬の部屋の前で、一瞬躊躇した英介は、気を取りなおして、ノックした。しばらく待ったが返事はなく、もう一度ノックしようと手を上げた時、ドアが開いた。
「どうした?」
 いきなり訪れた英介に、驚いた様子も浮かべず、和馬は言った。
「ちょっと、話があるんだ」
「あがれよ」
 言った和馬に、英介は首を横に振った。
「今はあまり時間がないんだ。和馬、もう一度聞くが本当に蒼子を知らないのか?」
「――まだ言ってたのか。蒼子なんて女は」
 英介は言いかけた和馬の目の前に、ずいっと一枚の封筒をつきつけた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「知らないか?」
 和馬は受け取った封筒の中を見て、苦虫を噛み潰したような顔をした。
 五年くらい前のものだろうか。大学のキャンバスで笑っている三人が焼きついた写真だった。
 蒼子は、あまり写真が好きではなかった。その蒼子が写っている写真でもまれなのに、まさか和馬までも一緒に写っている写真があるなど、思いもしなかった。
 もう言い逃れは出来ない。
 和馬は、深い溜息をつくと、その写真を英介に返した。そしてゆっくりと口を開いた。
「 ―― 蒼子はいない」
「なら、どこに」
「蒼子は死んだ」
「は?」
 一瞬、和馬が何を言ったのか、英介には理解できなかった。ゆっくりと、口を開くともう一度と問う。
「今、なんと言った?」
「蒼子は、死んだ」


 蒼子は、死んだ ―― 。
 確かに、和馬はそう言った。
 とても、冗談で言える言葉ではない。
 それが分かっていながら、
 どうしても信じる事が出来なかった。



「 ―― 死ん、だ?」
 呆然として繰り返した英介は、まじまじと和馬を見やった。
「何をバカなことを」
「……」
「本当 ―― なのか?」
 言いながら、だんだん力が抜けていくのを感じた。
 冗談で言えることではないと分かっていながら、それでも和馬が否定してくれる事を、心のどこかで祈っていた。けれど、和馬が英介の欲しい言葉をくれる事はなかった。
「冗談でこんな事が言えるか」
「……いつ?」
「三週間くらい前だ」
 三週間、と繰り返した英介の脳裡には、雨の中に消えていった蒼子の姿が思い浮かんだ。
「お前に連絡しなかったのは、それが蒼子の最期の願いだったからだ」
「……」
 黙りこんでしまった英介に、和馬は深い溜息をつくと「あがれよ」と奥を指差した。呆然としたまま、英介は促されるままに部屋に上がった。
 定位置に身を置いた英介は、先ほどの和馬の科白を反芻した。


 連絡しない事が、蒼子の願い――?


 何故、蒼子はそんな事を言ったのか。英介には、理解できなかった。
「蒼子は、何故……」
「直接原因は肺炎らしい」
「肺炎――」
 呟いた英介は、最後に見た蒼子の後姿を思い起こした。
 ずぶぬれになって、駆けていった蒼子……。
「まさか……」
 思い当たる、一つの事象。
 蒼子は決して、丈夫な方ではなかった。それこそ、単なる風邪一つでも、大事になりかねない事ぐらい、英介も分かっていたはずだ。
「原因は、あの雨か?」
「詳しくは知らない。けど、原因なんて、関係ない」
「いや。でなければ、蒼子がそんな事を言う理由など……」
 思い当たらない。
 あの雨に打たれたことで、風邪でも引いたのであれば、それは完全に英介の所為だ。それが原因であったなら、蒼子は、それを英介に隠そうとするかもしれない。英介に責任を感じさせないために……。
「あのな、間違えないで欲しいんだ。お前の所為で蒼子は死んだわけじゃない」
 和馬は、まっすぐに英介を見据えて言った。そして、大きく息を吸うと続けた。
「ただ、蒼子は、お前を縛り付けたくなかっただけだ。蒼子がいたという痕跡を消せば、うまくいけば、お前は蒼子を忘れてくれるかもしれない。だから、蒼子は俺に、お前を騙し通してくれと言った」
「だが、そんな嘘は、いつか ―― 」
「ああ。いつかはばれる。けど、お前がいずれ日本を離れることは、分かっていた。それまで、誤魔化せれば蒼子はそれでよかったんだよ」
「そんなバカなっ!」
「忘れて欲しい、それが蒼子の願いだったからな」
 電話も繋がらない、家も分からない。こんな状態ならば、英介が、蒼子の幻影を追う事をやめてくれるのではないか、蒼子はそう思っていたのだろう。
 やりきれない思いを抱え、英介は天井を睨めつけた。

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2009/10/03 08:00
>ななみさん
ははははは。
ありがとですww
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2009/10/03 03:07
昨晩、来れなかったのが悔やしい!!
つ、つつ、続きを早く読まねば!!! ><
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2009/10/01 21:08
>ルナるなさん
了解です(>_<)ゞ
つーわけで、今UPしました!
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2009/10/01 15:59
あ、あの!
早く続きを読みたいのですが…



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