Nicotto Town


人に優しく。



「姉さんな、あんたにはあげる形見がなにもないから、自分が持ってる目に見えないもの、たとえば学力とか、健康とか、知識とか、ちっとはあるかもしれない才能とか、そんなものをそっくりあんたに譲っていきたいと思ったの。それにはどうすればいいかと考えているうちに、いいことを思いついた。どんなことかというとな、あんたのなかに生まれ変ること。あんたの中に生まれ変って、あんたと一緒に生きること。それしかないと思ったら、急に勇気が出てきたのよ。ひとりで遠くへいくことが、ちっともこわくなくなった。遠くへいったきりになるんじゃないんだから。魂だけになって、またあんたのとこへ戻ってくるんだから。もう、こわくもなんともないの。むしろ一日も早く発ちたいくらい。」

それ以来、身も心もすっかり軽くなっている。

もはや自分の軀のなかには濁った部分がどこにもない。

どこもかしこも透明になって、そこを風が吹き抜けている。





ー 『白夜を旅する人々』 三浦哲郎 ー




 




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