Nicotto Town


人に優しく。


がんばれよ


ジャケツを持っていくか? と、中佐はうしろを振りかえった。

いや、営倉ではジャケツを取りあげてしまい、防寒服だけしか認めないのだ。

じゃ、このままでいこう。

中佐はヴォルコヴォイが忘れてしまうことを期待して(とんでもない、ヴォルコヴォイはだれに対しても決して忘れたりはしない)、なんの用意もしていなかった。

いや、防寒服の中へタバコを隠すことすら忘れていた。

だが、手に持っていったのでは意味がない。

身体検査ですぐに没収されてしまう。

それでも彼が帽子をかぶるすきを狙って、ツェーザリは巻タバコを二本そっと手渡した。

「それじゃ、諸君、いってきます」と、中佐は放心した面持ちで、一〇四班の連中にうなずくと、看守のあとについていった。

その後ろ姿に数人の者が声をかけた。

がんばれよ。

気をおとすんじゃないぞ。

いや、それ以上なにがいえたであろう?

一〇四班の連中は、自分の手で監獄を建てたのだ。

だから、そこがどんなところか知りぬいている。





ー 『イワン・デニーソヴィチの一日』 アレクサンドル・ソルジェニーツィン ー




 




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