Nicotto Town


人に優しく。


君は今どこに


「ほんとうに行くのか?」

「ああ、行くよ」

友人の目に涙が浮かんだ。

わたしは言葉をつくして慰めた。

だが、なにはともあれわたしにはすることがあった。

遺言の口述だ……。

「いいか、オットー、もしもわたしが家に、妻のもとにもどらなかったら、そして君がわたしの妻と再会したら……伝えてくれないか。よく聞いてくれ。まず、わたしたちは来る日も来る日も、いつも妻のことを話していたということ。な、そうだったよな? つぎに、わたしがこんなに愛したのは妻だけだということ。三番めに、夫婦でいたのは短いあいだだったが、その幸せは、今ここで味わわねばならなかったことすべてを補ってあまりあるということ……」

オットー、君は今どこにいる。

まだ生きているのか。

いっしょに過ごしたあの最後の時から、君にはいったいどんな運命がふりかかったのだ。

奥さんとは再会できたか。

そして君はまだ憶えているだろうか、あのときわたしが、子供のように泣きじゃくる君に、わたしの遺言を一語一語、無理やり暗記させたことを。





ー 『夜と霧』 ヴィクトール・エミール・フランクル ー




 




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