Nicotto Town



「飾り窓」ーはるさんに捧げる思出話


小学生のとき、雨が降ると市電の停留所まで父の傘を持って出迎えた
父が市電から降りてくるのを待つ間
帽子屋さんや時計屋さんの飾り窓を見るのが楽しみだった

父は停留所の目の前にでている、おでんの屋台に近寄るなといい
母からはお店の飾り窓なんか見ているんじゃないといいつけられていたが
ある夜、父がいつもより遅いのをいいことに
帽子屋さんの飾り窓を見ることに熱中した

市電から降りた父は不機嫌になり
足早に歩くので
追いつこうと傘が揺れ雨に濡れたブラウスが冷たかった

父は母を怒り
母は言いつけを守らなかったと怒り
何十年たっても痛みは残っている

なんでわたしは自分の思い通りに視てはいけないのか?

「飾り窓」という言葉が表すものは
「女は商品」なんだという男社会を知るころ
少女のころの思い出が痛く蘇り
押さえつけられ、もぎとられた心の翼を
「取りもどす痛み」のシンボルになる

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2022/05/18 18:14
はるさん

わたしが40代の頃
海外研修から帰ってきた男たちの話が
許せないことがあり
こいつらに思い知らせてやりたいと憤っています
例えば、朝、ランドセルを持った親が自転車で迎えに来たので
驚いたという話を悪びれずに笑い話にする上司がいました。
さらに、その男が会社の交流史の表紙に
「幸せな家族の父親」として家族写真が載り
この児童買春をした話を知っている編集者ともども
血祭りにしたい欲求が抑えられず
まあ、こっちが辞める羽目になったのですが。

こんな気持ちを慰めてくれるのは
いっしょになって呪いの松明を掲げてくれる女友だちです
はるさん これからもよろしく







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2022/05/18 05:50
春をひさぐ職業は世界最古の職業と言われるほど昔から
ほとんどは女性だけれど、男女問わずについていたもの。
そういう認識なのでさほど忌避感はないのです。
見えないというのも大きいかとは思います。
ごく当然の嗜みとして、客の側が話題に出す時と場を選ぶからね。

大潮さんもご両親の理不尽に思える叱責に不満ではあったでしょうが、
逆にそういう形で守られてもいらっしゃった。
私もやはり守られて育ったおかげで、小説をはじめとした書物で知ったくちです。
だから飾り窓という言葉は、学生時代の私にとっては
「綺麗で美しいものが並ぶキラキラしたもの、
ただごく一部の世界では飾り立てられた商品としての女達が並ぶ。
吉原の籬も硝子は無いけど飾り窓だよね。
役者の一枚看板も一部の人には一種の飾り窓だったのか」
というものでした。

当時は聞いている女子学生の反応を横目で見ながら
ニヤニヤゲラゲラ話しているのがバカに見えました。
気持ち悪いとも思いました。
今、この日記を見て思うのは
あいつらは無意識だろうけれど、
聞かされてる(なんせ授業の前とかだし)女子学生を
了解も得ず、金も払わずになぶって楽しんでたのか。
だから未だにあの下卑た笑いが飾り窓にくっついて、気持ち悪かったのか。
というものです。
未だに怒りは湧かず、軽蔑しか感じませんが
私の中の飾り窓という言葉と、あの気持ち悪い映像は切り離せた気がします。

飾り窓という単語は衣紋掛けや洋服箪笥などのように、
かなり前からカタカナに置き換わっていて見聞きする機会はめったにありません。
なので、ほんとうにごくたまに、それも一瞬の思いでしかなかったので
誰にも話したことのない思いでした。
「なんだか日記がイヤな感じで終わるなあ」と思いながらも書いてよかった。
大潮さんに読んでもらえて幸運でした。
ほんとにどうもありがとう。
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2022/05/17 22:12
☆翠(みどり)☆さん

よい質問をありがとう
戦争は終わったあとも深い苦しみをもたらします
日本には公娼制度があり、「飾り窓」に女性が並べられ
街には白い着物を着た傷痍軍人がたくさんいました
両親を失い子どもたちだけで暮らしている大きなホームがたくさんあり
傘も家に一本しかないというのがあたりまえの時代のお話です
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2022/05/17 20:33
なぜ、お父様は折り畳み傘を持って会社に行かないのだろう?
もしくは、会社に置き傘しておかないのだろう?
と、思ってしまったのですが、
情緒のカケラも無いですね。。。
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2022/05/17 18:08
☤ネコ衛門☤さん

街には「ギブミーチョコレート」が聞こえ
大型の外国車が走り回り
肉体を売らざるをえない女性を買うために
男たちが徘徊していました
大人になって『肉体の門』という映画を見たとき
自分の生まれ育った時代と
自分の性が貶められていることに怒りを持ちました
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2022/05/17 16:39
あー 女の子がひとりで飾り窓を見ているのが危険だと
ご両親は思われたのですね
おでんの屋台には酔客がいるかもしれないからか
心の風景はノスタルジックで
木枠の飾り窓から見える時計屋さんや帽子屋さんの品揃え
屋台のアセチレンランプとその独特の匂いなんかが浮かんできますけど
子供心にわけも分からず叱られるのは痛みになって残りますよね
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2022/05/17 15:25
わたしが生れたのは
敗戦後の港町で商店街と言えども
女の子が長時間ひとりでいるのは危険なことが多かった時代です
町は鉄条網で分断され
大人たちが荒んだ生活を送らざるをえなかった時代です
このあと、父は雨の日は早く帰るようになり
時間が少しでも長くなると
母は私を迎えにくるようになりました

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2022/05/17 15:10
これはわたしが小学生のときの記憶です

はるさんの5月17日の日記「イメージ」を読んで思い出した
性差別の記憶です
子どもころ。あれはなんだったんだろうと思ったことありませんか?
大人になって自分の体験を読み解くことができると
自分で傷を癒すことができるようになります

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2022/05/17 14:46
これは フィクションですか?
なんか、とってもノスタルジックな風景
とっても映像が思い浮かぶ 素敵な文章です~❤



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