Nicotto Town



男たちの安らぎ(リクエスト編)

港区の湾岸に建つマンションに戻ると、時計は24時を回っていた。京子は、リビングの明かりをつけると、服をソファーに脱ぎ捨て、バスルームに向かった。髪についた煙草の臭いを早く、洗い流したかった。

シャワーを浴びながら、手のひらを肩から乳房に、そして脇腹に動かした。40代の半ばになったが、身体の線は崩れていなかった。京子は、ヘルシーさを売り物にしたカフェチェーンの経営者をしていた。

経営者がふっくらとしていたら、会社のイメージと合わなくなる。時間を作り、ジムに通いつづけた。昔から、自分で決めたことは、やり遂げないと不安になる性格だった。

シャワーを浴び、ガウンを羽織ると、脱ぎ捨てた服を片付け、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しテレビをつけた。一人で暮らすようになってからは、いつもテレビをつけるようになった。

深夜のニュース番組では、医学部の入学試験で女子への不正行った大学関係者が謝罪していた。京子は、「大学が悪いわけじゃないのに」と画面に向かってつぶやいた。

小児科医の女性の三分の一が、結婚や子育てを理由に医者を辞める。医者を育てるためには時間も費用もかかる。大学の6年だけで1億円かかり、多くの税金が使われている。医者のブランドを守り、病院同士の過当競争を防ぐために、医学部の定員は抑制されていた。京子は、「私も辞めた一人だから、何も言えないけど」と声に出してから、一口水を飲んだ。

今夜は、都心の再開発を行う大手の不動産会社との夕食会だった。飲食業界は新規参入が容易でいつも過当競争だった。ブランドイメージを高めなければ、すぐに消費者に飽きられてしまう。日本橋の再開発ビルにどうしても出店し、新規ブランドを立ち上げたかった。

夕食会が終わると、不動産会社の再開発担当の部長に二次会に誘われた。こちらから申し入れた夕食会で断ることはできず、タクシーで銀座のバーに向かった。お酒は飲めなかったが、雰囲気を壊せない。ジンフィズを頼んだ。

一部上場企業の重役だけあり、気の利いた会話で飽きさせなかったが、誘われていることは伝わってきた。いつも同じだった。人並みの容貌でしかないが、独り身だと分かると、京子の会社や京子自身への関心を無くし、興味本位で身体を求めてくる男ばかりだった。

真司と別れてから、そんな誘いに乗ったこともあった。一人の夜が寂しく、会社の経営で悩み、誰かにすがりたいときもあった。身体は満たされても、心の穴はいっそう広がり、自己嫌悪に陥った。まだ、真司への愛情が残っていた。

真司とは学生時代の合コンで出会った。二人ともお酒が飲めずに、周りが盛り上がる中、二人だけ浮いていた。酔った男子学生に、二次会に強引に誘われて困っていると、真司が「二人で茶店にいくから、邪魔しないで」と助けてくれた。皆と別れると、真司はじゃあねと言って帰っていった。真司の連絡先を友人から聞いて、お礼を伝えると交際がはじまった。

銀行に勤めていた真司から、結婚を申し込まれた。高校生の頃は大学受験に、大学に入っても医者になるための勉強をしていて、異性と付き合ったのは、真司がはじめてだった。迷うことなく結婚の申し出を受け入れた。

結婚した頃は銀行員の妻は専業主婦が当たりまえだった。行員の妻の行事も多くあった。しかし、真司は、俺は出世をするつもりもないし、せっかく、小児科医になったんだからと、仕事を続けるように言ってくれた。

小児科医は、内科、消化器科、皮膚科や多くの分野を勉強し続けなければいけなかった。子育ての自信もなく、医者としての独り立ちに懸命になっていた。義理の母から露骨ではないが、子供を待っていることを伝えられた。

真司はそのたびに、私をかばって、母が変わらないと思うと、正月は京子とのんびりしたいからと、時間があるときに、自分だけ実家に顔にだすようになった。

そんな真司から、母が亡くなったとき、突然、仕事を辞めてくれないかと言われた。銀行を辞めてカフェを開きたいから手伝って欲しいと言われた。自分も小児科に疲れていたが、真司から何かをしてほしいと言われたことが初めてだったので、いいよと答えた。

真司とカフェの開店に向けた準備はとても楽しかった。医者の頃は、一人前の医者になることばかり、考えていて、真司に甘えてばかりだった。料理もサラダとパスタのような簡単なものばかりだった。

私が何をしたいというだけで、真司はプランを立てていった。カフェは繁盛し、ショッピングモールへの出店の誘いがあった。真司は消極的だったけど、銀行や医者を辞めたのだから、頑張りたかった。

私の悪い性格が出た。優等生のように、与えれた課題はこなさないと不安になる。頑張らないといけないと強迫観念に追われたようになる。真司はそんな私のために、カフェを開こうと言ってくれたのに、そんなふうになっても、いつでも一緒にいることができるように、言ってくれたのに、いつの間にか、私は真司を優秀な元銀行員のように扱っていた。

真司は私に呆れたんだろう。三回目の何かして欲しいという申し出は、別れようということだった。私は何も言えなかった。ただ、うなづいただけだった。

一心不乱に会社の経営に取り組んだ。新進の女性経営者として注目を浴びるようになったが、心の穴だけが広がっていく。地位も才能もある男たちに出会っても、満たされることはなかった。

住宅街にあるカフェにもう一度行きたい。真司の淹れた珈琲を飲みたい。誰よりも優しかった真司の腕にもう一度抱かれたい。二度と叶わない夢。ベッドサイドに置いている二人の写真が入ったフォトフレームの中で、真司が微笑んでいる。

今夜も涙が流れた。真司が私を許してくれるとは思えない。だけど、謝りにいこう。真司の優しさに甘え続けていたことを。伝えにいこう。あなたの淹れてくれる珈琲が一番美味しかったことを。

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2018/12/09 21:17
ゆりかさん
出家するのは、止めましょう。悲しむ男達が続出するはずです。うどんとスイーツの店を目指して修行中です。

mさん
真司と京子がどうなるかは、4ちゃん(日テレ系列)日曜夜10時30分をご覧いただければ、参考になると思います。

みーぴこさん
きっと、二人は幸せになると思います。愛し合っているのだから遠回りしても幸せになって欲しいものです。

まぎまぎちゃん
男は夢見ているけど、お互いが、プライドを捨てて、自分の心に素直になれれば、いいことも起こると思います。

yonaさん
そんなんだよね。どうして、女性は簡単に過去のことを捨て去ることができるのだろう。悪い過去は捨ててもいいけど、不完全燃焼の恋もあると思うのに

弓弦羽さん
さすが、本職。疲れを早く癒してくださいね。

mさん
関心のもっていきどころが、ちょっと違うように思いますが、追加合格の手続きをとっているようです。

たまちゃん
数値が高いわけは、劇場の短い幕間に、ラウンジのデザートを一気に食べているからだと思います。ゆっくりかんで食べましょう。

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2018/12/09 20:59
真司さん、すっごくいい旦那さんだなぁ。
影で支えつつ、盾にもなってくれる。確かに便利かも (#゚Д゚)ノ┌┛)`Д ...
私もお酒が飲めないのに、なぜか γ-GTP が高いんですよー
掛かりつけのお医者さんも首をかしげてますが、薬のせいかもな。
そんな話どうでもいいなw
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2018/12/07 22:12
医学部・・・女子を入学させなかった問題・・・どうなるかな?
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2018/12/07 11:10
小児科は激務ですからね、、、
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2018/12/06 09:51
おー。
物語は100点満点。ロマンティック。
お互い思いを残しつつ、だったのですね。
現実、女は、現実的に過去は振り捨てて、未来を見ていくだろうし、男は昔の続きを夢見がちに描いてしまう、みたいな感じがします。
男、女で分けるのは、今の時代に合わないだろうけど。
素敵な幸せな未来は、魅力的なので、くすぐったいような思いで、読ませていただきました。
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2018/12/05 06:18
んー。
真司くんの願望というか、幻想はこうなんだろうなぁ。
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2018/12/04 23:02
沖人さん、こんばんは✿

ありがとうございます。
『そっかぁ~』  
って思うことがちりばめられてて 胸がキュンとしたり、チクッとしたり素敵でした。

・・・真司さんの3つ目のお願い・・・かぁ~

真面目で一生懸命の彼女が もう少し早く立ち止まる事が出来たのなら
彼の3つ目のお願いは 二人を幸せに導いてくれたのかも・・・

この先の二人に 形はどうであれ 幸せが訪れることを祈ります☆

素敵な物語をありがとうございます(✿◡‿◡。)ペコリ❤
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2018/12/04 21:54
真司とどうなるのかなぁ~~~
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2018/12/04 12:18
こんにちは、沖人さん。
小説すごく良かったですよ…!まさか、こんな展開が待っていたとは。
真司さん、かっこよすぎじゃないですか(*^^*)
お姑さんや仕事の重圧からも守ってくれて、やりたい事を実現させてくれるなんて、最高の旦那様だったのですね。
真司さんみたいな人がいたら、結婚したくなるので出家を辞めました。
京子さんが謝りにいった後の展開が気になりますね。無事に復縁できると良いのですが。
そして、真司さんのカフェはスイーツ大好きおじ様で溢れているのかも注目です。

真司と京子って…まさか、今日から俺は?
沖人さんは仕事を引退したら、うどん屋さんか小説家になれそうですね(^^♪




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